2019年08月09日

スズメのお宿のその後とバイクの話

前回の記事で、ベランダのスズメの巣にヒナがいるっぽいと書きましたが、しばらく後にどうやらそのヒナが巣立ったようで、その姿を捉えることに成功しました↓
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巣から出てきたところを見たわけではありませんが、その日の前日だったかにやたらベランダでスズメの声がピーチクパーチクやかましかったので、恐らくその時に巣立ったものと思われます。日付は6月11日。

その後しばらくするとまた巣の中からチィチィと小さな鳴き声が聞こえるようになり、その声が日に日に大きく元気になっていった6月28日、親鳥と思わしき個体がやたら巣の方向を気にする様子が見られました↓
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もしかしたら巣立ちの練習でもしてたのでしょうか。

雨の日は親鳥もあまり外出しなくなるのか、よく見かける3羽の成鳥がベランダの欄干でくつろいでいました↓
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最初の2枚は同じ個体。
カメラに気がついたところ。でもあまり逃げない↓
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手乗りになるくらいに慣れればこっちも撮りやすいんですが、あまり露骨にカーテン開けて撮影すると逃げてしまいます。
ちなみにスズメ写真では、所々白っぽくコントラストが低下していたり、端の方が暗くなってる場合がありますが、これはカーテンが反射してたり、レンズにカーテンや壁が入ってるためです(かなり狭い隙間からレンズだけ出して撮影しているので)。

7月になりましたがまだそれほど暑くない日々が続いていたある日、またベランダからピーチクパーチク騒がしい鳴き声が聞こえてきまして、見に行きたかったんですがこの時は早朝で、まだめっちゃ眠くてそのまま寝てしまいました。
その後の7月15日、またベランダで鳴き声がするので見に行くと2羽がエサを食べていたので撮影開始。
すると親鳥がエサを口移しでヒナに与える瞬間が撮れました↓
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親が積極的に与えているというより、ヒナが甘えてねだる感じでした(もう自分で食べられるのに)。
口移しの方が美味いんでしょうか。

猛暑となった8月6日↓
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くちばしの根元が黄色いのが今夏巣立ったヒナと思われます。
どっちが先に生まれたのかはわかりません(笑)。
エサはもう尽きてしまったので時々水だけ出してやってますが、相変わらず巣に定住しているようです。

話は変わってバイクの話。
約3ヶ月放置していたXLもそろそろ動かしとかないとガタが来てしまいそうだということと、長いことバイクに乗ってなかったことから遠出したくてしょうがなくなる禁断症状も出たこともあり、遠出ではありませんが毎度おなじみの陣馬山へ行ってきました。
始動は意外とあっさり4〜5回くらいのキックでかかりました。
エンジンも車体もいたって好調。
陣馬山の麓あたりまで来ると、行き止まりの道の真ん中に黒い蝶が集まってました↓
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カラスアゲハってやつでしょうか?
この蝶はここ以外にもけっこういました。
なんかゲームの「ぼくのなつやすみ」思い出すなぁあ〜。新作出ないかな…。

そして林道といえば定番の鹿にも出会いました↓
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エンジンを切ってしばらくにらみ合い、カメラを取り出して何枚か撮影しましたが、その間ず〜っとこの子はじっとこっちを見て固まっていましたが、カメラをしまっている時に動き出したので、足止めする意味で「コン」と舌を鳴らしたら慌てて崖下に降りていってしまいました。

走っていて「そういやオイル量確認するの忘れてた」と思い出し、山梨側の土砂崩れ跡のある旧道(1コーナー分の距離しかないけど、出入り口にはコーンが立っているので物好きなやつ以外誰も入ってこない)でバイクを停めてエンジンの横にしゃがむと、変なとこからオイルが漏れている!?↓
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どうやら電装系の配線の根元から漏れているようです。
最初意味がわかりませんでしたが、もしかして…と思い、ブリパイ(ブリーザーパイプ又はホース)の取り回しを確認してみると…やっぱり途中で折れていました↓
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写真ではちょっとわかりにくいですが、ホースが折れて経路が潰れているようです。
これだとクランクケースからの圧力が通りません。
その影響でクランクケース内部に通っている電装系配線の隙間からオイルが漏れ出たものと推測。
これじゃ家に帰るのも心配なので、この場でなんとかすることにしました。

要はブリパイの取り回しを改善して折れないようにすればいいわけで、遠出用の工具は持ってきてませんでしたが車載だけでいけるだろうと作業開始↓
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現状のブリパイ取り回し。
クランクケースから上に伸びるホースがステーとかでゴチャゴチャした部分の上をぐるっと回って下に行く経路がまずかったようです。
ちなみにこのXLの純正状態ではブリパイは大気開放(ホースがエンジン下に垂れ下がってるだけ)されていて、ブリーザータンク(オイルキャッチタンク)は最初から無く、それだと乗ってて臭いし、オイルが少量とはいえ道路に落ちることになるわけで、旧車好きとはいえそれはさすがに気分よくないのでXR650用のブリーザータンクを自前で取り付けたわけです(取り付け時の詳細は過去記事にて)。
そのためパイプの取り回しも自前で考えることになりまして、最初はクランクケースからブリーザータンクまで最短距離でホースを取り付けてましたが、その後ブリーザータンク内に入るオイル量を削減する目的でフレームのメインパイプを1周させて接続。
その後さらに改良しようとクランクケースから出たパイプを上に向けて取り回すルートに変更。
これはクランクケースから吹き出すオイルが少しでもクランクケース内に戻るように考えたんですが、ちょっと無理があったようです。
ただ、この取り回し以降、けっこうな距離(ツインリンクもてぎもこの状態で行った)走ってるはずですが、今まで漏れなかったということは、何かの拍子にホースがペコッと折れたとしか思えません。
そんな微妙な塩梅だったのか…?
とにかく、この取り回しはダメなのがわかったので、1段階前の取り回しに戻しました↓
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ちなみにここまでの分解は車載の10mmスパナとプラスドライバーだけでできました。

この日は連日激暑といわれるような暑さが連続する日々の真っ只中でしたが、意外と雲が出ていて、風もそれほど熱風でもなく、行きの街中ではそれほど暑くありませんでした。
なので山に入るともう超快適。
実に気分良くのんびり走っていられたんですが、やはり家の近所まで来るとエアコンによるヒートアイランド現象なのか、一気にムシムシして不快度うなぎのぼりでした。
避暑地に別荘持つ人の気持がよ〜くわかりました。いいなぁ別荘。

★走行データ★
総走行距離:108.8km
給油:家の近所にて ハイオク2.66L 394円
燃費:32.7km/l
食費:自販機でペットボトルの麦茶 110円
費用総額:504円
途中までクランクケース内圧が逃げられなかったはずなのに、意外と燃費良くて上機嫌。
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posted by 文鳥 at 18:36| 東京 ☀| Comment(2) | 複数カテゴリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月02日

スズメのお宿

今回の記事はバイクでもカメラでもなく、スズメの話。

近年都市部ではスズメが少なくなっているという話をよく聞くようになりましたが、たしかにぼくの幼少期にはもうちょいたくさんいたような記憶があります。
しかし我が家の近所(東京郊外、神奈川の隣)ではまだけっこう鳥や虫を数多く見ることができます。
ベランダにはたま〜にスズメやハトがやってきまして、過去にはハトが巣を作ったこともありましたが、これがけっこう臭い。
そのハトはしばらくするといなくなっていたので(ヒナが巣立ったのかは不明)巣を撤去して、それ以来ハトの巣作りはご遠慮お願いしてました。

去年の7月、ベランダでスズメの声が何度もするので、カメラで撮影しようとベランダを覗くと1羽のスズメがいたのでパチリ↓
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パソコンで拡大してみると、なんかくわえている(赤矢印部分)。
どうやらベランダに巣を作っている様子でした。
巣の場所はこの時はよくわからなかったんですが、後々調べてみると写真の黄色矢印部分の奥まったところに見事な巣ができていました。
ちなみにこの時のカメラは広角レンズ(パナソニックGM1+14mmパンケーキ。写真はトリミングしたもの)だったのでアップでは撮れていません。

その年の3月にポンジュウロー(桜文鳥。享年12)が大往生を遂げたばかりだったこともあり、鳥好きのぼくはスズメの巣作りを見守ることにしました。
巣作りしにきたスズメはこの2羽(前述の写真の約1ヶ月後)↓
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手前の個体が虫らしきエサをくわえているところを見ると、この時すでにヒナが誕生していたのかもしれませんが当時は気が付きませんでした。
カメラのレンズは35mm換算で90〜300mmの望遠ズームに変更したので、アップで撮影できるようになりました(多少トリミングもしています)。

10月になり、ふと「そういやポンちゃん(ポンジュウロー)のエサがまだ残ってたな」と思い出し、スズメに出してみました↓
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スズメ達は周囲を警戒しながらも「ヤッホ〜ゥ」という感じで貪り食っていました。
この写真は撮影してるぼくの方を見た瞬間。
ぼくが見えてるはずですが、何度もこっちをチラチラ見ながらエサを食べ続けていました。
他の写真とよく比較してみると、この個体は巣作りしてた個体とは別のような感じもします。
くちばしの根元も少し黄色いので、もしかして巣立ったばかりの若鳥かな?と思ったんですが、夏に巣立って1ヶ月くらいでこんなに立派な姿になるもんかね?という疑問も無きにしもあらず。

数日後にはすっかりエサを食い尽くしていたので、もう一回出してみました↓
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考えてみると水飲み場も、雨が降った後でないとそれほど多くないように思えたので、水も出しています(背後の皿が水入れ。出して数日経っているのでほとんど無くなっている)。
この個体は前出の写真の個体と同じような若鳥っぽいですが、羽の生え換わりなのか首周りがイガイガしています。

それから数日後にまたエサを補給してやったら以前よりたくさんのスズメがやってきました↓
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おぉ4羽もいるよ…と思ったら↓
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あれ?もっといるぞ?となり、数えてみたら6羽も来てました。
よく見たらくちばしの根元が黄色いのは1羽だけではなかったようです。
しかしほとんど見分けがつかないので、どれが巣作りしてたやつなのかイマイチわからない(笑)。

寒い冬になり、年が明けましたがスズメは完全にベランダに住み着いたようでした。
そして春になったある日、ベランダでハトがホ〜ホ〜言ってるのが聞こえ「やばい、巣作りされる」と危機感を抱いて見に行くと「私、なにも悪いことしてませんがなにか?」みたいなすっとぼけた顔してハトがヒョコヒョコベランダの欄干を歩いていたので撮影↓
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ハトはつがいで2羽来訪していたのですが「恨みはないが、君たちの巣は臭過ぎるので帰ってくれたまえ」と追い払いました。
この後何度かこの2羽がベランダに巣作りしようとチャレンジしに来ました(ベランダの中に入って内見しに来る)が、その度に追い返したので最近は来なくなりました。

住み着いているスズメはぼくがベランダに出ると、巣のある場所の最寄りの欄干の下の隙間から慌てて脱出して近くに避難します↓
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そんなに怖がらなくても大丈夫なんだけどなぁ〜。

ブレ&はみ出しですがめちゃくちゃ可愛い瞬間↓
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飛び立って羽ばたく前の瞬間でしょうか。
鳥は卵から生まれますが、その多くは卵と同じようなシルエットのままなのが笑えます。

ベランダでよく見る3羽↓
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恐らく2羽は巣作りしたつがいだと思われますが、もう1羽は巣立ったヒナではなさそう(立派な成鳥3羽にしか見えない)。
いちいちこっちを警戒しなくても何もしないっつーの(笑)。
こうやって仲良く3羽で食べていることもありますが、ケンカする時もあるようです↓
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遠巻きに見ていたスズメにいきなり飛びかかって追い払うスズメ。
まぁ見分けがつかないので、もしかしたら追い返されたのは仲間ではなく部外者だったのかもしれません。
恐らくこの部外者スズメと同じ個体だと思われますが、時々こぼれたエサを探してるところを、ここに住むスズメに怒られたり追っかけられてる個体も度々見受けられますが、スズメって縄張り意識強いんでしょうか?
半年前に6羽が一緒に食べていた時はまだ縄張りが確定してなかったのかな?
しかし本人(鳥)達は真剣なんだろうけど、人間から見ると姿や声が可愛いすぎるので怒ってても怖くない(笑)。
飼っていた歴代文鳥達も、人間の手を別個体と認識して求愛したり威嚇したりしてましたが、本人(鳥)は思い切り噛みついてるつもりなんだろうけど、全然痛くないというのがまた可愛かった(首筋やお腹を突かれたり、小さい面積をつまむように噛んでひねりを加えられるとチク〜ッ!と痛いけど、やはり全然平気なレベル)。

雨が降ってもエサ探しに行ってるようですが、ベランダでじっと外を眺めている姿もよく見かけます(この写真は曇りの日)↓
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この丸い頭と卵型ボディのシルエットがまたたまらない可愛さを発揮しています。

早朝にやたら欄干の上を走り回っていたので撮影したらこんな可愛い姿が撮れました↓
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スズメや文鳥などのくちばしが尖った小鳥の多くは両足でピョンピョン跳ねて移動するのが一般的ですが、時々ハトやインコのように両足を交互に動かして歩く動作で移動することもあります。
この写真の時は歩行方式で「テケテケテケ」と、やたら移動速度が速くて笑えました。

最近になって、巣から小さな鳴き声が頻繁に聞こえるようになって、ヒナがいることがわかりました。
ただ、巣は上から見ると草や鳥の羽などが集積しているのが確認できるんですが、トンネル状に作っているためかヒナの姿は見えません。
無事巣立って、この巣が代々受け継がれていったら面白いんだけどなぁ〜。
エサをくわえているスズメ↓
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文鳥はくちばし上部や目の周りの輪のボリューム感でオス・メスの判別がある程度できますが、スズメはどうもよくわからない。

団地周辺には鳥の他に虫も数多く存在しますが、先日ウチの号棟の階段にザ・テントウムシとも言えるナナホシテントウが2匹同じ場所にいたのを目撃。
その時はカメラを持ってなかったので撮影しませんでしたが、2〜3日後だったかに階段を降りていくと同じ場所に1匹まだいたので撮影↓
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もう1匹は見当たりませんでした。

本記事のスズメやこのテントウムシなどの虫たち、それから妙に滞空時間の長いシャボン玉が家や周辺に現れると、ぼくは亡き両親や飼っていた鳥たちが帰ってきたような、なんとも言えぬ郷愁のようなものを感じます。
郷愁といえば先日プレイステーション系のゲーム「ぼくのなつやすみ」シリーズを無性にやりたくなったんですが、仕事を早急に進めないとヤバイ状況になってきたのでゲーム脳は無期限封印しました(笑)。
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posted by 文鳥 at 01:30| 東京 ☀| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月09日

ツインリンクもてぎ

史上最長と言われるGWが終わりました。
普段遊んでばかりのぼくは期間中ほとんど仕事に没頭するというへそ曲がりな展開に。
その仕事モードに突入する直前の晴れ間に、ちょこっとバイクいじりと遠出をしました。

前回の記事でサイドバッグを取り付けましたが、バッグの左右がかなり車体側に引っ張られて口が開けにくいので、もうちょっと改善してみようと作業↓
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ホントはさっさと特注に出せばいいんですが、現在かなり金欠気味なので、お金をかけずに使える状態にできないもんかと思い立ち、ビンボーチューン御用達のエーモンステー(っぽい鉄L字ステー)を2個と、そこそこ丈夫そうなカラビナ2個を使用。
さほど厚くない鉄ステーなので重い荷物だとヤバそうですが、コンビニ食料と防寒着とカメラ+レンズくらい入れば御の字という感じ。
バッグを取り付けるとこんな感じ↓
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これは防寒着と工具と三脚が入ってた状態だったかと思いますが、これくらいの重さならステーが曲がることは無さそうでした。
しかし赤矢印が示すように、ウインカーが邪魔で若干開閉しにくくなりました。でもまぁこれくらいならいっかというレベル。
後ろから見た図↓
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バッグの張り出しも乗員の脚とかハンドル末端からして全然安心レベル。

ついでにフラットなレンズ形状の近代的ヘッドライト(といっても最近のリフレクター式とかLEDとかに比べたら十分旧式)の小糸製のプラレンズから、XL250S純正レンズに交換しました↓
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このレンズは、ずいぶん昔に行きつけのバイク屋さん(ストラーダ)の店長からいただいたヘッドライトASSYを倉庫にしまいっぱなしにしてたことを思い出して、引っ張り出して採寸してみたらレンズ径がXL250Kシリーズの純正より若干小さいものの、リムの外径とネジ位置が全く同じだったので早速交換したわけです。
ガラス製で重量も若干増えますが、やはり丸く出っ張っている形状の方が旧車っぽいす。
いろいろ調べてみると、このレンズASSY(スタンレー製)は1960年代後半から(もしかしたら起源はもっと古い?)ホンダの丸目ライトのほとんどに多様されていて、リムが車種によって何種類か違うタイプのものがあるようです。
このXL250K2だと本来のリムは光軸調整ネジがリム横についてるものが正式な純正のようですが(たぶん)、個人的にはこのリム下にネジがあるタイプの方が好きです(SLはこっちが正式な純正なのかな?)。
ただ、XL250K2はSLとは違ってポジションランプが無いので、このXL250S用レンズのポジション球の部分は穴が開きっぱなし(電球だけ突っ込んどこうかと思いましたが、ホールド用のゴムが劣化して汚かったのと、これまた劣化で半分千切れてたので除去。
ゴムのグロメットとかで蓋したかったんですが、ちょうどいいサイズのものがなくてとりあえずこのまま。
以前起きたハイビームでの電球切れトラブル(ハイ・ロー両方切れる)もチェックしましたが、ハイにしても切れず、問題無さそうだったのでそのまま取り付け。
ただ、なんで自然に治ったのかこの時もっとよ〜く考えておけば、後々起きるトラブルも起きなかったんだろうなぁ…(そのトラブルについては後述します)。

早速走行テストと銘打って適当に走ってみました。
まずはちょっと気になる部品のことを調べにストラーダさんとこへGO。
その気になる部品というのはカワサキ250TRのハンドルなんですが、写真を見た感じ現状のXL純正ハンドルよりグリップ位置を少し高くできそうな感じだったので注文できるか聞きに行ったわけです。
お店に着いてハンドルの話をすると、なんと偶然にもその場に居合わせた常連さんのトランポの中に250TRハンドルを付けたトライアンフがあるとのことで現物を見せていただきました。
親切にもメジャーまで貸していただきまして(ありがとうございました)パパッと採寸してみると思ったほど高くならなそう(ほとんど同じ?)なので注文は中止。
実はこれ以前にネット検索で250TRよりグリップ位置が高くなりそうな「350TRビッグホーンレプリカハンドル」というのを見つけていたのです。
ただお値段が10,109円(内、送料1,469円)だったので、約半額ほどで済む250TR純正ハンドルが十分の高さならこっちにしようと思っていたのですが、ほとんど変わらないとなると350TRレプリカ買った方がいいかなと決断。

そしてまだ昼過ぎで天気も気温も快適だったのでもうちょっと走行。
長距離遠出できるような装備は持ってきてないので、定番の陣馬山(和田峠)へ向かいました。
朝起きてから何も食べてなかったので、陣馬山少し手前でコンビニに入って食料を調達。
この日は土曜日だったので、道中けっこう交通量も多く、峠頂上の駐車場にもけっこう車が停まってました。
ちなみに峠頂上の茶屋は開店してませんでしたが、中腹にある年季の入った茶屋は開店していて、入ろうかと思いましたがコンビニ飯買っちゃったし、観光客も多かったのでパス。
普段バイクで走るのは平日ばかりなので、たまにこういう賑わいのある日に走るとちょっと新鮮な気分になります。
峠頂上を越えて西側に下っていくと出てくる見晴らしのいい所(昔UFOっぽい光を見たとこ:笑)には運良く誰もいなかったので、ベンチに座ってコンビニ飯を食す↓
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めちゃくちゃ快適でした。
バッグの中はこんな感じ↓
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やはりウインカーが邪魔でしたが、開閉&出し入れにはそれほど苦労はしませんでした。
しかしこの時点でステーが曲がってバッグ位置が少し下がってしまいました(走行には支障なし)。

見晴台を出発してのんびりと適当に進行。
上野原市の道中にあった桜並木。ピークは過ぎた模様↓
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この撮影地点の背後には学校のような建物がありましたが、今マップを確認すると現在は廃校のようです。
このすぐ近くには水車のある食事処のようなところがありましたが腹も減ってないので入らず。

さらに進んで小菅村の分岐を南に進行。
北に行くと丹波山村に出て、そこから西へ向かうと高校生時代のぼくが初ゴケした大菩薩峠になり、さらに進むと山梨の塩山(甲州市)につながり、お気に入りの甲信越遠出コースになるんですが、今回は本意気の遠出ではないので南下して帰路につきます。
南下した道中には真新しい「深城ダム」がありまして、以前ダム湖の対岸にある水没廃道を見に行ったのですが、この日はゲートが閉まってて行けませんでした(ちなみに現在ストリートビューで見ると今より水位が低く、水没廃道がさらに見えてる状態がわずかに確認できます)。
ダムでトイレ休憩↓
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平日はほとんどだ〜れも来ないのに、さすが土曜日はちょいちょいバイカーや車がやってきてました。でも観光地のような混雑は皆無で快適。

ダムから少し進んだところから道を外れるとこんな吊橋がありました↓
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完全に生活用の橋って感じで観光地のような華やかさは皆無。
念のために書いときますが手前でUターンしたのでバイクで侵入はしてないっす。
歩いて真ん中に行ってみるとまぁまぁな高度差があっていい感じでした↓
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この写真を見たら22年前に行った北海道の廃線鉄橋を思い出しました。
↓1997年8月撮影
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すげー似たような写真撮ってるし。
当時の写真の情報から調べてみると、この場所は旧深名線の朱鞠内湖北側にある第二雨竜トンネルから蕗の台駅跡の間にある鉄橋だということがわかりましたが、グーグルマップの航空写真で見ると今はもう鉄橋も線路も蕗の台駅跡も無くなっている様子。
でもうっすら線路があったと思われる痕跡は残ってるようです。
ちなみに当時の蕗の台駅跡にはこのような↓
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張り紙があって、廃屋内にはクッキーだかなにかの四角い缶にノートとボールペンだかの筆記用具が入ってて誰でも自由に書き込めるようになってました。今でも日本のいろんな所には旅ノートが置いてあったりするようです(数年前に秩父で見つけた)。
あと、廃屋の壁にはこんな洒落た文言が書いてありました↓
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電話番号が「死後に報われ」とか面白いなぁ。
そういえばこの時、蕗の台駅跡で偶然見知らぬ一人のCB400SFの兄ちゃん(たしか2〜3歳上だったような)に出会って、ぼくと友人とその人の3人で鉄橋から第二雨竜トンネルの中まで探検して、別れ際に写真を送る約束をして送り先をメモったんですが、数日後にそのメモを友人が紛失してしまい、以来一切連絡できてないんすよね〜。
たしかこっちの連絡先も教えたと思ったんだけど、教えてなかったかもなぁ。まぁ一期一会ってことですかね。

この日はこれにて帰宅。
★旅データ★
総走行距離:206.9km
所要時間:約9時間
初回給油:152.3km 燃費:30.4km/l
2回目給油:54.6km 燃費:39.2km/l
ガソリン代合計:1,034円(ハイオク)
食費:1,275円(内、家に持ち帰った分:470円)=現地で食した分:805円
出費合計:2,309円
なんか異様に燃費良くなった…たぶん後半ほとんどノンストップだったからかな?

結局バッグ取り付けステーはグンニャリ曲がってしまい、長期に渡って使用するのは無理と判断してイチからやりなおし↓
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赤矢印方向に曲がっています。ちなみにこの時下げてたバッグ&積載物の重さは約5kg。
そういえば前述のストラーダで出会った常連さんがアルミ板でバッグサポートを自作してまして、それが非常に上手いことできており「そっか、穴のない板なら自分で好きな位置に穴開けられるな!」と少し考えればわかることを今更気づいて、ぼくも似たようなものを作ってみることにしました。

その前に前々から気になってた右後ろウインカー根元の歪みを修正↓
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赤矢印部分が歪みポイント。
ここけっこう硬いんすけど、ウインカーはラバーマウントなので上からよほどの力加えないとこうは曲がらないような気がする…なにがあった?
でもまぁ無事修正完了。

早速アルミ板買ってきて制作開始↓
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1:取り付けベースを作って取り付けたところ。
2:ところがまたもやウインカーが邪魔な位置にあって当たってしまうので一部を切削(グラインダーで特急加工したので汚い)。

取り付けベースにサポートフレームを取り付け↓
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最初に取り付けたSR用サイドグリップバーをそのまま使用してサポートのサポートに↓
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これで多少重くても平気でしょうと判断。

次に、注文してた350TRレプリカハンドルが届いたので交換↓
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上の方が350TRレプリカ。
取り付けてみると、純正と比べてグリップ1個分くらい高くなった感じ↓
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1:XL250K2純正
2:ヴィンテージハンドルバー ハイ(たぶんエルシノア純正と同じ)
3:350TRレプリカ
ハンドル単体の見た目ほど高くならなかったのは、純正に比べて上方向への絞り角がマイルドだったからでしょうか。
ヴィンテージハンドルバー ハイは高さは良かったんですが、根元の幅がありすぎて前後から見た時ちょっとカッコ悪く思えまして純正にもどしていました(他人からすればどうでもいいレベルなんですが…)。
やっと理想的なハンドルが見つかった…ぼくの体格がもうちょい小柄(170cm以下)なら純正でもちょうどいいと思うんすけど、178cmだとわずかに前傾してる(こじんまりした)感じになってしまい快適さがスポイルされるんすよね〜。

バッグも取り付け↓
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今回作ったマウントの費用:4,914円(SR用サイドグリップバーも足すと6,534円。あとネジ類の一部は手持ちのものを使用)。
バッグの重さでサポートフレームが若干内側にたわんでしまいましたが、サスにもスイングアームにも干渉しないので良しとします。
フレームマウントのタンデムステップでもあればもうちょい頑丈にできそうなんですが…やっぱアルミ板じゃ弱かったかな。
完璧を目指すならパイプを溶接で組んだ特注品なんだろうなぁ〜。
でも今は金ないからしょうがない。

バッグ取り付けが以前よりはしっかりできたということで、前回よりも長距離テストしてみようと思い、前々から行こうと思ってたツインリンクもてぎ(ホンダが主催するサーキットやミュージアム、遊戯&宿泊施設のある総合レジャースポット)に行くことにしました。
今コレクションホールにはCB系のレーサーや歴代車両が多数展示されているので、終了するまでには行って写真撮っとこうと思ってたんです。
ちょうど晴れが続いてたGW突入直後の日曜日の朝に「今から行くとどれくらいで行けるんだろ?」とグーグルマップで調べてみたら一般道オンリーでも4〜5時間!?日帰り余裕じゃん!と思い立ったが吉日方式で出発。
まぁ4〜5時間といっても最良パターンだろうから、のんびり走りたいXLでなるべくマイナーな道通って行くことを考えると、もっと時間はかかるだろうと思いつつ10:30頃出発(6時間かかっても夕方には到着する算段)。
もし閉館時間(18:30)に間に合わなかったら宿に泊まるか野宿するか、そのままどっか別の所回って帰るか、その時の気持ちで判断する予定。

ツインリンクもてぎは十数年前に友人と東北ツーリングした時に寄ったことがあるんですが、道はほとんど覚えてない。
でも家でグーグルマップ見て大まかな位置は覚えたし、いざとなればタブレットもあるし、そんなに迷うことはないっしょと走り出して数時間後、ケータイを忘れたことに気がつく。
「まぁ電話くらい1日持ってなくても平気平気〜」と思った次の瞬間、ツインリンクもてぎの住所メモも無いことに気づく(メモはケータイに書くのが定番になってました)。
んも〜〜ホンットにこのクソ脳みそのメモリ容量の少なさにはほとほと呆れるわ。
物事3個以上覚えらんねーのかよ!ひょっとしてぼくは脳に障害あるんじゃなかろうか?とマジに思える今日このごろ。
こういう短期記憶というか「あとで〇〇しとこう」とか「あれ持っていかないとな」と思ったことはかなりの確率で忘れるんすよね。
コンピュータで言うところのメモリの部分。HDDではなく。
バイクで外出する時に持っていく物の必須項目で、財布、メガネ、ケータイ、カメラ、グローブ、鍵、と短期記憶を要する項目が6個もあるので、ほぼ必ずどれか忘れます(家出てから思い出す)。
数字が3以上になると数が多くて何個あるか認識できないんでしょうか。この脳みそ。
そのくせ人生に何の役にも立たないくだらないことは事細かに覚えてたりするし。腹立つわ〜。
感受性と創作に関する部分以外の脳をマトモなものに載せ替えたい。
とりあえず脳内に残っているツインリンクもてぎのマップ上の絵的な位置(こういうのは忘れない)を頼りに大まかな方角だけコンパス見ながら進行。
近くに来たら看板でもあるだろうし、無ければ誰かに聞くつもり。

しかし天気は最高に晴れて気温も超快適。
そんな道中で適当に走ってたら次第に広大な風景が増えていきました↓
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どこだか忘れましたが1枚目と2枚目は別の場所です。
これまたどこだったか忘れましたが、どこかのコンビニで休憩した時にふと「オンラインじゃなくても検索できんのかな?」とタブレットのオフライン地図アプリ「MAPS.ME」でツインリンクもてぎを検索すると…あっさり出ました。
細かい住所がわかったので以降は標識とコンパスでほぼ行けました。
別に「タブレットをなるべく見ない縛り」とかしてたわけじゃなくて、昨今のツーリングライダーのように車体にケータイやタブレットを取り付けるのは旧車としては納得いかないので、走行中はタブレットをバッグにしまっており、そうちょいちょい見ることができないというわけです。
しかし今回持っていったオイルコンパス(グローブの裾にクリップで取り付ける超小型のもの)は非常に役立ちました。
腕時計の電子コンパスだといちいちそのモードにしないと作動せず、ほんの数十秒間くらいしか表示しないので、走行しながら確認するのがけっこうむずい(特に夜間)。
オイルコンパスならスイッチ操作等は一切必要なく、常に方角を表示し続けるのでホント便利(水平に保持する必要はありますが)。
夜間も街灯が当たってなくても蓄光した針がうっすら見えるので確認できるし。
あとこれは電子でも物理コンパスでも同じだとは思いますが、車両が帯磁している場合は正確な表示ができなくなるので、バイクなら車体から少し離した位置で見ないと騙されます(笑)。ぼくの場合はハンドルの位置(車体の真上ではない)なら大丈夫でした。

そんなこんなで前半はけっこう細い道とか裏道みたいなルートを選んで走ってましたが、後半は時間的に間に合うかどうか微妙な感じになってきたのでほぼ幹線道路で進行。
そしてツインリンクもてぎに到着〜。時刻は17:21!閉館までもう1時間くらいしかない!
というわけで急いでコレクションホールに突入〜↓
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季節的に日が伸びてきたのが幸いして、まだ明るくていい感じの写真が撮れました。
とにかく時間がないのであまりしげしげと車両や説明プレートを見てられず写真を撮りまくりましたが、あまりにも慌てていたのでカメラの設定も日中の屋外用とも言えるISO100固定のままにしており、被写界深度を深くしようと絞るとすぐ手ブレ許容範囲を超えるスローシャッターになってしまい、家に帰って確認したらけっこうな数で微ブレを量産してしまいました…(言い訳がましいですが、ヘルメットを片手に下げて、5kgのバッグもたすき掛けして、暑苦しい装備を着たままだったのも微ブレ量産の要因になってたと思う)。
まぁ手ブレ補正内蔵のαなのでブレてない写真もまぁまぁあるのですが、上記の理由からあまり絞れなかったのでピント位置が一部にしか合ってない写真も量産してしまい悔しい思い多し。
あ〜ISOオート(上限設定あり)にすればもっと絞って撮れたのになぁ〜。

気を取り直してマトモに撮れた写真を掲載。
エントランスにあった…名前がよくわからない60年代レーサー↓
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この辺のレーサーはみんな似たような姿なのでよくわかんないんすよね。
これは125とかそれ以下かな?
アルミ叩き出し感まるわかりのカウルがたまらん!

その横にあった初期のスーパーカブとS800?と発電機↓
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それにしてもキレイにレストアしてるな〜。樹脂パーツなんてどうしてるんだろ?

2階に上がりました↓
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う〜お〜!よだれモンのピカピカ旧車が山程ある〜!
しかも閉館時間が近いせいか、GWなのに結構ガラガラで見放題!でも時間は少ない!

スーパーカブの隣りにあったCB92…ではなく95(1959)↓
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CB95はCB92(125cc)を150ccに排気量アップさせた車両。
元になったCB92は初めて「CB」の名がついたマシンだそうで、当時の市販レーサーみたいなものだったそうです。
CB92の最高速度は130km/h。
当時の質の悪い舗装路とか悪路でこんなスピード出したらすごい怖そう。
でもFブレーキはツーリーディングで径も大きいからぼくのXLより効きそう。
ちなみにこの辺の年代のホンダ車には「72」とか「92」といった排気量以外の数字が付いた車両がありますが、72は250ccで92は125ccなんです。なぜかは知らんけど。

さらに昔の車両達↓
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この辺のは50年代中頃〜末期の頃?と思ったら一番手前のは最初期のドリームのようなので1949年式とかになるんでしょうか。

いわゆる神社仏閣デザインのC70(1957)↓
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これも250ccということで、「7」シリーズが250なのかと思いきや75以上は305ccだそうで…なんなんこの数字。
でもかっこいいなぁ。

アップマフラーのCS72(1960)?↓
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スクランブラーのご先祖様ですね。
前述の70や72同様、この辺の2気筒車の動画がちょいちょいYoutubeに上がってますが、いい音するんすよね〜これが。

スクーターのジュノオM85(1962)↓
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フロントタイヤの直後に水平対向2気筒エンジンが見えるという変態(褒め言葉)スクーター。
しかもバルブのタペットクリアランスは油圧で自動調整式、変速機も油圧変速だそうな。ド変態ですね。

自分史上今一番興味あるのがこれ↓
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CL250(1968)です。
しかも一番好きな青白ツートンで弁当箱マフラー。
塗装はメタリックとかではなくソリッドカラーなんですが、それがイイ!
でも一番カッコよく見える左側が撮りにくくて残念。
ちょっと前まで中古車検索サイトのGooバイクで、これと全く同じタイプのフルレストア車両が60万だか80万だかそのくらいの値段で出てたんすよね〜。指くわえて見てたらいつの間にか売れたらしく消えてました。
新車の現代バイク買えるお金があったら、ぼくは絶対旧車買う(理想は自分でフルレストア)。

自分史上一番興味あるシリーズその2(一番じゃなくない?)↓
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CL450(1968)です。
250にも同じことが言えますが、キャラメルパターンのブロックタイヤ履かせたい。

昨今プレミアが付いてるCL72(1962)↓
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中古で100万円越えも珍しくないんすよね…でもホントいい音するんだよなぁこれ。
説明看板には妙にカッコいい写真がありますが、これ乗ってる人が小さいからバイクがデカく見えるんすよね?
どうせぼくが乗ったら小さく見えるんだろうなぁ。まぁ買えないから別にいいんだけど。

SL350(1970)です↓
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ぼくのXLの国内仕様であるSL250Sの兄貴分なわけですが、横から見ると350の貫禄がイマイチ感じられない…。
リアフェンダーやサイドカバーやシートの形状がな〜んか芋臭いんすよね。あとオフ系なのにマフラーがダウンなところも。
一応跳ね上げてアップライトにしてはいるものの、クリンと湾曲したシートの形状と相まってモコモコしたイメージになっちゃってるのかなぁ。
そういや後年、輸出仕様で作られたXL350も250ベースなのにわざわざ跳ね上げダウンマフラーに変更されてたけど、なんでダウンにしたんだろうか。オフ車なのに。
当時の特撮TVドラマの帰ってきたウルトラマン(たしか16〜17話)にもこれと同じカラーのSL350が出てたけど、実際に走ってる姿はそれほど変に感じなかった、というかかなりカッコよく見えたのが不思議。フィルムの魔力か?
エンジンフィーリングは気分いいんだろうなぁと思います。

そしてぼくのXLの兄弟車(ほぼ双子)SL250S(1972)↓
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ほんとキレイにレストアしてるな〜。
ちなみに横からの写真が無いのはレンズが58mmなので、横の方から撮るとどうしても画面からはみ出してしまうため(背後に展示台があってそれ以上下がれず)。
ホントは24mmレンズも持ってこようかと思ったんですが、広角はスナップ用のGM1でいいやと持ってこなかったら、GM1のバッテリーを入れ忘れてやんの!
なのでこの日の撮影は58mmオンリー。
ホントこのクソ脳みそやってくれるよな〜!出発前にちゃんと「バッテリー入れとかないとな」って思ったのに、ちょっと他のことやったらもう忘れてるんだもんね〜。
それにしてもそれほど広くない屋内でバイクの撮影するっていう時に限ってなんで58mmを付けてきたのかというと、最初は屋外の道中でもたくさん撮影すると思ってたんすよねぇ。でも走り出して時間がヤバイことに気がついてほとんど屋外撮影無しになったというわけで、時間計算できない数字に弱い脳みそのせいでもあると言えます。
せめていつも付けてる40mmにしとけばもうちょいマシだったんだけどなぁ。
しっかしバッテリー入れ忘れってホント悔しいわ〜。

これも過去乗ってました。TL125バイアルス(1973)↓
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これも嘘みたいにキレイ。マフラーなんて新品みたいに見えます。
ぼくが乗ってたのは外装がけっこうボロっちかったけど中身は快調だったなぁ。
エンジンの特性や乗車ポジションは全然違うんですが、乗った時に感じる雰囲気(気分の良さ)は今乗ってるXLに似てる気がします。

2ストローク車のエルシノアMT250(1973)↓
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当時の他メーカーの2ストオフ車に4ストで対抗しようと意地はってたホンダでしたが、当時のテクノロジーではやはり2ストには勝てず、アメリカホンダからの要請もあって作った2ストオフ車CR250M(本田宗一郎さんは意地でも4スト派だったそうですが、部下の人たちが宗一郎さんにナイショで作り始めたらしい)の公道走行可能な市販モデル。
2ストは排ガスが臭くて遠出すると必ず服に臭いが付いてしまうのが嫌でしたが、空冷エンジンは乾いた排気音がすごく心地良いと思います(4ストにも同じことが言えますが、2ストは空冷と水冷の音の違いがより顕著な気がします)。
水冷の2スト単気筒(DT200WR)や2ストVツイン(WOLF250)も過去乗ってましたが、弾かれるような加速は良かったけど音がいいとは思わなかったもんな〜。

一時期本気で買おうかどうしようか迷った事があるXL250S(1978)↓
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これは少々レアな初期型です。
このマシンは500と共通の大柄な車格が魅力なんすよね〜。でも乾燥重量はぼくのXLより軽いというところに進化を感じます。

これまた珍しいXLV750R(1983)↓
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やはりめっちゃキレイ。
後ろシリンダーを冷やすためのシュラウドがついてますが、停車中や渋滞路だと前シリンダーがヒートしそうに思えてしまう。
しかしやはりトリコロールカラーはカッコいい。
でも実際遠出で使うこと考えると、80年代以降のカラーリングの多くは日本の田舎にはイマイチ似合わないんすよね〜。
80年代ならまだしも、90年代のブラッシュパターンなんて最悪。

威風堂々を具現化したようなバイク、CB750four(1969)↓
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ホイールベースはぼくのXLより55mm長いだけなのになんでこんなにデカく見えるんだろう。
まぁ前後から見ればクランク部分の幅が圧倒的なんですが、横から見た状態ではフロント19インチだし、シート高もXLと比べてそんなに変わらない気がするんですが、やっぱりデカい。タンクとシートの長さかなぁ。
このバイクも憧れの1台ではあるんですが、カッコ良すぎて人気すぎてタマ数多すぎてプレミア付きすぎてもはや別世界。

CB92(1959)とCB72(1960)でしょうか↓
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これも現在けっこうなお値段するんすよね。
昔のホンダ2気筒車には180°クランクのタイプ1と360°クランクのタイプ2が選べるようになってたそうで、当時購入しようとした人たちは選ぶの楽しかったろうなぁ。絶対乗り比べるでしょ。あ、でもそんなに試乗車なんて無かったかな?

自分史上今一番興味あるシリーズその3、CB450(1965)↓
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これはクジラタンクと呼ばれるタンク形状の初期型K0ですが、ぼくが好きなのはこの1つ後のK1なんすよね〜(置いてなかった。でもK0も十分カッコいい)。
昔、ぼくがバイクに乗り出した高校生の頃、今は亡き母が事あるごとに「それヨンヒャクゴジュウ?」等と凄い迫力を持たせたような言い方で聞いてくることがありまして、ぼくは「なに450って(笑)」と、その中途半端な排気量を度々言う母を笑ったもんでしたが、あれは母が若い頃に登場したCB450(発売当時の1965年に母は29歳)が「オートバイの王様」と呼ばれて、バイクを知らない人の間でも話題になっていたようで、その時の刷り込みで母の年代の人は450ccという排気量が「大型車」の代表格であるという認識になり、しょっちゅうそういう発言をしていたんだろうなぁと今になってわかりました。
ただ、ナナハン(CB750four)が登場するのはそのわずか4年後なので、もしかしたら母の認識としては「ナナハンに次ぐ大型車」という意味合いだったのかもしれません(ナナハンはもっと知名度が高かったと思われる)。
CB450が出るまでは250もバイクに乗らない人たちにとっては大きなバイクだったのかなぁ。

上記CB450の進化形、CB450エクスポート(1969)↓
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CL450もこのエクスポートも、CB750fourとほぼ同年代なので外装類の雰囲気がそっくり。
CB450ならこの70年代っぽい外装より黒&メッキの60年代スタイルの方が好きです。

時代は一気に進んで、ぼくが学生時代に憧れたマシン、CB1100R(1981)↓
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これを好きになったきっかけは東本昌平さんの漫画「キリン」に登場したマスターだったんですが「速さ」に興味を失った今となっては「レーシーなルックスのマシンを公道で乗る」ということのどこに魅力があるのかわからなくなりました。
でもこういうマシンを所有するのは嬉しいだろうなぁと今でも思います。

今でも安い中古が買えるCBX750F(1983)↓
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これは特に思い入れも何もないマシンですが、フロントホイールを17インチにして、リアも太めのホイールに換えて、吸排気系ちょこっといじればものすごくカッコよくなりそうな気がして前々から気になってました。
イージーなやり方で思いつくのはフロントフォークを思い切り突き出させて、16インチタイヤとカウルの隙間を少なくするのもいいかも。でもすんごいクイックなハンドリングになりそう。
何よりもこの80年代初頭特有の、いい意味でバランスの悪い外装デザイン(異様に長いテールとか首の長い鳥みたいなカウルとか)がキモカッコいい。

CB350(1968)↓
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これも前述のCL250と同じくツートンカラーですが、こっちはメタリック(キャンディカラー?)。
やっぱりこの時代の水平基調デザインはカッコいい。
特にリアまわりの凝縮感は現代のバイクではあまり見られない作りです。
なんで現代のバイクってリアフェンダーとタイヤの隙間(又はエンジンとリアタイヤの隙間)があんなに大きいんだろうか。
SS系やストリートファイター系ならそれでサマになるんですが、旧車的な魅力が売りのW650も250TRも、改めて見るとリアシート周辺が跳ね上がってるんすよね〜(XSRやZ900RSは「ネオ」レトロというだけあって新鮮味があって悪くはない)。
シートだけなら比較的簡単に水平基調に改造(シート移植とか)できそうなんですが、シートレールからして跳ね上がってる車種が多く一筋縄ではいかない。溶接必須。
とはいえ正真正銘の旧車であるぼくのXLもシート後ろ周辺が若干跳ね上がってますが、全体的に見てまだまだ水平基調の域からは逸脱していないレベル(タイヤとの隙間が少ない)なので見てられます。
でもやっぱりこの60年代テイストの水平基調のストイックさにはかなわないなぁと痛感。
ここまで水平を貫いてるシートも現代ではまず見かけないポイントですね。
90年代後半のスカチューンが流行った頃からせんべいみたいに薄いシートも流行りましたが、現代の車両で厚いシートに改造するってのもあってもいいと思うんですがねぇ。

CB350four(1972)とCB500four(1971)↓
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今度は4気筒シリーズ。
ホイールベース等のサイズよりも、やっぱりシリンダーやクランクケースの見た目の大きさの違いが、車格の大きさの印象に影響を与えてるのかなぁとこれを見て思いましたが、調べてみたらホイールベースも確実に違いますね。
ちなみに750のホイールベースは1,455mm、500は1,405mm、350は1,355mm、XL250K2は1,400mm。
数cmの差が色んな部分にもあって、それが塵も積もって全体の車格の差につながるんでしょうか。

CB系レーサーのコーナーに来ました。CB450のレーサー(1967)↓
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60年代なので完全にレトロスタイル。しかもすごくコンパクトに見えます。

CB750fourのレーサー(1970)↓
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やっぱりナナハンはレーサーになってもカッコよさがダントツです。

CB750fourのレーサー(1973)↓
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時代が進んでもカッコいい。
これは「美人(イケメン)はどんなカッコしててもサマになる」ってのと同じ理論でしょうか。
又は、100年以上前の美人さんの写真見ても「うわ美人〜」って思うのと同じですかね。

RCB1000(1976)↓
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CB750fourの進化が進むとこうなります(年代的にはCB750Fが市販される3年前)。
もはや原型を留めていないレベルにいじくってますが、カッコよさは相変わらず。

RCB1000(1977)↓
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オイルクーラーのためと思われるインテークが口みたいになってますが、ナックルガードの形状も相まって、深海魚的なキモ可愛さが生まれてると思うのはぼくだけでしょうか。

CB750Fレーサー(1982)↓
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RCBを経て開発された市販車CB750Fまんまの外装ですが、足回りやエンジン等は本気度100%の改造が施されています。
かの有名なフレディ・スペンサーがNS500に乗る前に乗ってたマシンとしても有名。
しかしこの時代に大流行したF16インチ・R18インチのホイールって今見るとアンバランスな見た目だなぁ。当時はなんとも思わなかったのに。

CBレーサーコーナーから常設展示(たぶん)のレース部門コーナーへ。
ド変態ワークスレーサーNR500(1980)↓
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ピストンを楕円形にして、4気筒で8気筒並の性能を出して、当時全盛を誇っていた2ストレーサーに対抗しようとしたホンダの意欲作。
結局マシントラブルとかも多くてあまりいい戦績を残せなかった印象ですが、個人的には大好きなマシン。
この初期型のスクリーン形状も変態的で最高です。
下半分のカウルがなんか鉄板臭いなぁと思ったら、このカウル自体がフレーム構造の一部になってる(通称エビ殻)んだそうな。変態〜!
全体のデザインも、後年登場するNS500のプロトタイプ感があってこれまたたまらん。
アルミステップのベースやスイングアームの取り回しもことごとく変態的です。

出た!見分けがつかない60年代のレーサー達↓
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一番手前は1961年にマン島TTレースに参戦したRC161だそうです。
DOHC4バルブ4気筒250ccカムギアトレイン。
カムギアトレインといえば、ぼくの年代では80年代後半のCBRやVFRに搭載されて「へぇ〜すごい技術だねぇ〜」と最新技術だと思ってましたが、調べてみるとけっこう昔からある技術だったんすね。ベベルギア駆動もカムギアトレインの1種だそうで。

さらに古いレーサー達↓
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一番手前が世界初のDOHC4バルブ4気筒250ccのRC160(1959)、その奥が1953年式のMVアグスタの…よくわかりませんが、当時ホンダと覇を競い合ったライバル車のようです。
その奥は…もうわかりません。
RC160は250とは思えない貫禄のある車格ですが、動画を見るとその排気音も250ccとは思えない迫力のある爆音でした。
セパハン形状がなんかすごいです。無駄に長くなってるのはハンドル高を自由に設定できるってことなんでしょうか。

もうよくわからないレトロレーサー達↓
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説明看板ないと全然わかんないっす。
C〇〇とかRC〇〇的な年代でしょうか。
右奥にあるレーサーのカウルにある「ジム・レッドマン」という名前はなんか聞いたことがあるぞと調べてみたら、60年代のホンダGPレーサーのエースだった人だそうな。
ぼくとしてはレッドマンといえばウルトラマン放映前のボツ案っていう印象があります。
成田亨さんのデザインしたレッドマンのイラストがまたグロカッコいいんです。
「レッドマン」だけで検索すると70年代のチープな方ばっかり出てきてしまうので「成田亨」も付け足して検索すべし。

前述のNR500の2型(1981)↓
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フレーム、足回り、外装は当時の定番装備になってしまい、変態度は大幅にダウン。
でも80年代初期の「技術の過渡期」みたいなものが感じられてグッときます。

NR500の3型(1982)↓
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同年デビューした2ストのNS500とそっくりな外装になったNR。
もうすっかり健全なレーサーになりました(笑)がNR500はこれが最終型となります。

NS500の初期型(1982)↓
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NR500で全然勝てなくて各方面からお叱りを受けたホンダが満を持して作った2ストレーサー。
水冷2ストロークピストンリードバルブV型3気筒500cc。
1983年式の2型とほとんど同じ姿に見えますが、ナックルガードが別体だったり細々と違いがあります。
NS500で有名なのはフレディ・スペンサーが駆ってチャンピオンになり、タミヤがプラモ化した2型(中学生の頃にキレイに作りました)ですが、初期型も新幹線0系のプロトタイプみたいなキモカッコよさが感じられます。

NSR500の初期型(1984)↓
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NSで変態度が著しく下がって勝てるようになりましたが、新型のNSRはまた変態度をぶり返して登場!
外見は普通にカッコいい当時っぽいレーサーの姿ですが、ガソリンタンクに見える部分は単なるカバーで、中にはチャンバー(マフラー)が4本通っており、アンダーカウルに見える部分がガソリンタンクになっているという変態構造です。
これは重量の軽いチャンバーを上にして、重心を低くしようとした結果だそうですが、実際に走らせてガソリンが減ると重心が変わって非常に乗りにくくなったとか、排気熱によってキャブセッティングが困難だったとか、本来アルミ製だったコムスターホイールをさらなる軽量化のためにカーボン製にしたことで、リアタイヤがハイパワーに耐えきれずに破断してしまったとか、失敗談に事欠かないモデル。
やっぱりホンダはこうでなくちゃ(嘘)。
もちろん翌年からはオーソドックスな通常のV4になったのは言うまでもありません。

前述のCB系レーサーRCB1000からの進化形、RS1000(1981)↓
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これもタミヤからプラモ化されてまして、NS同様中学生の頃に作りました。
やっぱこの頃の耐久レーサーはカッコいいなぁ。
でも顔(フロントカウル)が天才バカボンに出てくる本官さん、又は秘密戦隊ゴレンジャーのアカレンジャーみたいな目をしていて、若干滑稽さのあるカッコよさも感じられます。

ホンダワークスのトライアルコンペマシン、RS360T(1984)↓
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これも往年のホンダ特有の「4ストで2ストに勝つ」ためのマシンで、実際にエディ・ルジャーンが駆り優勝した優秀なマシン。
バイクにハマりだした当初のぼく(小学生)はオンロード専門でオフ車には全く興味がなく、トライアルなんてその存在すら知りませんでしたが、実際に乗れる年齢になってトライアル車(公道用市販モデルだけど)に乗ってみると実に楽しいマシンだと思いました。
むしろそれまでぞっこんだったオンロードマシンが、事故や死のリスクが非常に高い割にそれほど楽しくない乗り物のようにも思えたほどです。
このような大排気量&ハイパワーのトライアル車は乗ったことがありませんが、このRSは4スト単気筒の360ccってだけでもうすごい面白そう。

同じくトライアルコンペマシンの…たぶんRS250T(1983)↓
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360よりもかなりコンパクトなフレームに収まったこれまた小さなエンジン。
これも楽しいんだろうなぁ。

モトクロッサーのコーナー↓
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全てCRシリーズなのかと思いきや、RCっていう名前のもあったりしてややこしい。
何が違うんだろと調べてみると、どうも市販レーサーがCRで、ワークスレーサーがRCという名称らしい(たぶん)。

シルバーのマシンはCR250Mエルシノア(1972)↓
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このアルミタンクはぼくのXLR250BAJA(バハ)にもくっついてます。
60年代マシンは水平基調デザインがカッコよかったですが、やはり70年代マシンは水平基調から少し脱却し始めた感じが程よくバランスしているデザインが肝ですね。

RC250M(1980)↓
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要するにこれは市販されていないワークスレーサーってことでしょうか?
たしかに1980年式のCRはまだ空冷エンジンで、翌81年から水冷になっていることから、このRCのノウハウが市販モデルにフィードバックされているんだとわかります。

メカフェチにはたまらない、特殊なフォークのRC125M(1981)↓
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フロント・ダブル・プロリンクサスペンションとか言うらしく、当時肋骨を骨折した東福寺選手のために急遽作られて、骨折したまま参戦した東福寺選手はそのまま優勝してしまったという伝説のフォーク。
重そうに見えるけどけっこう軽いらしく、ショックアブソーバー性能も一般的なテレスコピックよりも優れていたとか。
でもコストが高いとかで量産化はされなかったとのこと。
今はテレスコでも十分性能いいってことなんでしょうかね。

パリ・ダカールラリー用のマシン、NXR750(1989)↓
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ホイールベースが異様に長いのが一目瞭然。
車高もあるので写真だとそれほど大きく思えませんが、ホイールサイズ(F19、R18)を考えると異様に大きい車格であることがわかります。
外人選手が乗るとこれが普通サイズに見えるから笑える。

ラリーレイドマシン3種↓
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向かって左が前述のNXR750で、中央が特殊な2ストエンジンを積んだEXP-2(1995)、右端がXR600Rバハ(1992)。
EXP-2は「AR燃焼」という、点火してないのに混合気が自己着火してしまう現象を積極的にコントロールして、排ガス中の有害物質を減らしたり、燃費を向上させようとしたシステムを搭載。
グラナダ・ダカールラリーで総合5位、クラス優勝しています。
その後AR燃焼システムは市販車のCRM250ARに採用されましたが、結局2ストは無くなってしまいました。キビシー!
XR600Rバハはアメリカのハバ1000というラリーに出場・完走したマシン。
車体色は当時流行った蛍光色を取り入れたブラッシュパターンですが、こうやって単体で見る分にはカッコいいです。

4輪車部門へ移動↓
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時間が無いのでここは撮影を少しだけにしてさらっと1周して終了。
一番手前のT360(1963)はホンダ初の市販4輪車で、スポーツカー並のエンジン(水冷4ストロークDOHC4気筒+4連キャブをミッドシップ)だったそうです。なによりデザインがカッコ良すぎ。外観このまんまで復刻したら売れそうな気がするんすけどね〜。

有名なステップバン(1972)↓
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これもホントカッコいい。けっこう売れてたようで中古市場でもまだ少し見かけます。
次乗り換えるとしたらこれかなぁ。厳しいかな。

隅谷守男選手のヘルメット↓
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ホンダRSC(HRCの前身)契約ライダーで、鈴鹿サーキットでのマイク・ヘイルウッド選手のコースレコードを破る等、数多くの優秀な戦績を残すも、1975年にフランスのルマンにて、CB500Rで練習中に転倒、他界。享年31。

〜ビンテージヘルメットの思い出〜
レースとは全然関係ない話。
ぼくは高校生の時免許を取ってバイクに乗り始めたんですが、教習所に通ってた時期に母の友人の息子さんが使っていたというヘルメットを2個ほどいただき、その中で一番MADMAX1(の暴走族)っぽいと思ったフルフェイスをけっこう長い間愛用していました。
それが上記の隅谷選手のメットのようなレトロなメットでした。
メーカーは「立花自動車用品製作所」で、内装に貼ってあったシールには「Custum」とか「形式:フルヘース」とか書かれていて友達と大爆笑して、以降そのメットは「カスタム」とか「フルヘ〜ス」と呼ばれ長年愛用されました。
ちなみにウィキで立花を調べると「フルフェイスタイプはこれまで製造していなかったが、最近になってから製造を始めている」と書かれていますがこれは間違いだと思います。
いただいた時点で1988年だったし、フルへ〜スの形状やシステムから見てもとても1980年代以降に作られたものとは思えず、1970年代には作られていたと推測。
ただ、極最近このフルヘ〜スと全く同じ形のメット(GT-750というらしい)が立花から発売されていたようで、ウィキはそのことを言ってるのかな?要するに昔作ってたフルヘ〜スの再販と思われます(残念ながらこれも現在販売終了)。

シールドは現代のように最初から湾曲しているものではなく、ただの透明な板を切り抜いたもので、それをこめかみ部分のネジで留め、その下の頬のあたりにあるホックでバチンと固定するので、シールドを開ける時は左右のホックを「バチバチ」と外してからスイッと開けるものでした。段階的に開けられるクリックなんてものはありません。
若かったぼくはヘルメットの中の顔が見えるのはダサいと思っていて(MADMAXのババとか漫画サムライダーのヘルメット軍団に影響されていたのも一因)それまでスモークシールドにしていたんですが、対向車の光が当たると顔が丸見えになってしまうので、当時ちらほらと街のバイク用品店にも登場し始めたミラーシールド(カラフルなやつはまだ存在してない)の、中でも数少なかった旧型フルフェイス用ミラーシールド(板状のやつ)を購入。
しかしこれも意外と隠蔽効果が低く、昼間では薄っすら顔が透けてしまうので、スモークシールドの上にミラーシールドを重ねるという、旧式メットじゃないとできないことをやって乗ってました。
しかし夜間は2重だと暗いので、ミラーをアップして乗るんですが、80km/h以上出すと風圧でいきなり「バン!」とミラーが閉まって視界が真っ暗になって減速を余儀なくされるということがありました。

しばらくはこめかみのネジを増し締めして対応してましたが、その後はシールドをやめてMADMAXのトゥーカッターのようにハルシオンのゴーグルを付けて事なきを得ました。MADMAX(1作目)大好キッズだったんです。2以降はイマイチ好きではありません(笑)。
フルヘ〜ス、捨てなきゃよかった〜!
ちなみにフルヘ〜スをくれた母の友人様からは他にもNAVAのモロ80年代初期っぽいプラスチッキーなフルフェイスメットもいただきましたが、NAVAのロゴはDr.スランプアラレちゃんに出てきそうな丸っこいプクプクデザインで、さすがにそれは当時のぼくらの感性では許容し難く(笑)一度も使わないままその後誰かにあげちゃいました(これももったいねぇ〜)。
〜ビンテージヘルメットの思い出〜終わり

F1コーナー↓
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一番手前の車両はRA272(1965)。
ホンダにF1初優勝をもたらしたマシン。
F1はあまり興味がなく、時間的にも厳しいのでこれ1枚で撤退。

ホンダの大まかな歴史コーナー↓
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写真だとなんてことはないように見えますが、肉眼でみると異様にデカい車です。
カーチス号(1924)というこの車、飛行機用のV8エンヂンを「アート商会」という自動車修理工場が4輪車用に手直しして搭載したもので、そこに弱冠18歳の本田宗一郎さんが助手として参加していたそうです。
恐らく後ろの写真の助手席にいるゴーグル姿の人が宗一郎さんだと思われます。
肉眼で見るとホイールなんて大八車みたいな印象でした。
どんな排気音なのか気になる〜。

RC142(1959)↓
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マン島TTレースに初挑戦した時のマシン。
下の説明看板によるとこれは復刻版らしいですが、受注生産販売するとしたらおいくら万円?

CA100(1962)↓
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アメリカ輸出用初代スーパーカブ。
100と銘打っていますが50ccです。アメリカは原付2ケツしてもいいんでしょうか。

Sports360(1962)↓
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いろいろあって販売されなかった幻の軽スポーツカーですが、後に排気量をアップさせてS500として販売されました。
このエンジンがほぼそのままの仕様でT360に搭載されたそうです。

というわけでこの辺で閉館時間がきてしまい撮影大会終了。
すっかり暗くなった駐輪場で出発の準備をして帰路につきます。
帰りは特に時間制限もないのでのんびり適当な道を選んで進みます。
どの辺だったかわかりませんが、住宅や幹線道路も近くにあるような比較的都市部を走っていましたが、少し幹線道路を外れると街灯もまばらな薄暗い道になりまして、出発前に交換したヘッドライトレンズのビンテージさもありまして、これがけっこう暗い。
さすがに6V車のような暗さではないんですが、けっこうそれに近い暗さ。
恐らくこれはレンズカットの影響だと思いますが、暗い上にかなりスポットな配光なんすね(同じような電球を使う小糸製のプラレンズはもっと明るい)。
そこで出発前にチェックして大丈夫だった(と思い込んでいた)ハイビームにしてみました。
配光もかなり広がって光自体も異様に明るくなって「やっぱハイビームってあかるいなぁ」とノンキに思ってましたが光軸が少々上向きで対向車が来たら下げなくては迷惑。
そんなわけでローに戻した途端、フッと消灯…。
「え!?嘘でしょ??」とハイに戻すとこれも1秒ほどで消灯。
「ふっざけんなよ!」と街灯の少ない薄暗い路肩で停車して車載工具でヘッドライトをバラしてみると…やっぱりローもハイも見事に切れてました。一方のフィラメントに至ってはほぼ全部溶けていました。

これは後々考えるとハイビームの配線がヘッドライト用レギュレータを通っておらず、出発前のチェックではアイドリングでしか点灯してないので許容電圧を超えることなく何も起きなかったが、走行中ではエンジン回転数も上がるので発電電圧も上昇し、ハイが12V以上の明るさを発揮(切れる寸前)。その熱でまずローのフィラメントが溶断寸前になって、ローに切り替えた途端ダメ押しの加熱で溶断、再度のハイビームでこちらも耐えきれずに溶断…といった感じだったのではないかなぁと推測。

まぁ原因追求なんてやっててもしょうがないので、やむなく無灯火でゆっくり走行。
幸い交通量のほとんど無い道だったのですが、いつまでも無灯火でいるわけにはいかない。
すると少し離れた幹線道路沿いに明るい照明が煌々と輝く大きな店舗を発見。
早速行ってみるとそこはケーズデンキでした。
「自動車関連の電球なんて売ってないよな〜」と思いつつも藁にもすがる思いで入店。
店員さんに聞いてみるもやはりそんな電球あるわけもなく。
しばしどうしようかと考えた結果、一番安い自転車用LED懐中電灯を購入↓
90.jpg91.jpg
オールプラスチック製のチャッチぃやつ。
これをフロントフォーク上部に取り付けます(自転車用の取り付けマウントそのままでOK)。
取り付けをしてる最中にあたりの照明が一斉に消え、店のシャッターがガラガラと閉まります。
時計を見ると20:00過ぎ。
もうこれ以降は深夜営業する店舗以外開いてません(バイク用品店見つけても無駄)。

走ってみると、ゴムバンドなんでカッチリした取り付けではないんですが、これが意外に振動があってもしっかりホールドされて光軸もブレずに照射できました(マウント部はクリックのある角度調整ができるようになってます)。
視界の明るさは安物なので少々心もとないんですが、対向車からは確実に視認できるであろう明るさはありました。
その後セルフ式ガソリンスタンドに寄って電球がないか聞いてみるもやはり無し。
今のスタンドはそういう部品販売はしてないんすね…。
次に最寄りのドンキホーテを検索して行ってみましたが、置いてあるのは最新のLEDとかH4電球のみ(LEDでもいいから取付部の金具が同じ電球ないかと探しましたがもちろん無し)。
こういう店こそマイナー電球置くべきでしょうに〜なんて言うのはマニアのワガママでしょうか。
ていうかスペア電球持ってきてない時点でぼくのミス、いや、ハイビームトラブルの原因を調べなかったのが悪い。
思い返せば出発前のレンズ交換で「なんか知らんけどハイビームも使えそうだし、スペアもいらねっか。そもそもハイビーム使う機会もないだろうしね〜」なんて絵に描いたようなバカな思考だった過去の自分に飛び蹴りくらわせたい。
そのくせ、スペアのブレーキ&クラッチワイヤーと左右レバーはちゃんと持ってきてるところがまた腹立たしい。
必要なものに限って持ってないという…。

もう電球は諦めて以降はひたすら明るい幹線道路を、おまわりさんにビクビクしながら帰ってきました(何度かパトカーにも遭遇しましたが、なにも言われず。傍から見ればそれほど暗くなかったのかな)。
せっかく時間制限無しで自由気ままに走れるはずだったのに、帰り道は緊張しっぱなしでした。
もう次の遠出前には配線チェックしとこう。そして何があってもスペア電球持っていこう。

帰宅後に撮影した電球↓
92.jpg
全溶けしてるのは恐らくハイの方だと思います。
またしばらくは小糸製のプラレンズに戻しとくか。
H4バルブでレンズが丸く飛び出しててリフレクター式じゃない明るいレンズって無いもんかねぇ(また出たぼくの欲しいものは売ってない説〜)。

★旅データ★
総走行距離:375km
所要時間:約15時間半(内、ツインリンクもてぎでの見学が約1時間)

初回給油:165.1km 燃費:31.6km/l
2回目給油:209.9km 燃費:31.7km/l
ガソリン代:1,844円(ハイオク)

ツインリンクもてぎ入場料:1,700円(内、2輪駐車料500円)

食費:1,690円(内、家に持ち帰った分:570円)=現地で食した分:1,120円
雑費:1,528円
<雑費内訳>
オーム電機LEDラバーライト
単4アルカリ乾電池x4(電池別売りだったため購入。3本使用)
単4アルカリ乾電池x4(予備で買ったが使用せず)

出費合計:6,762円(道中で使用しなかったものを差し引くと5,885円。ヘッドライトトラブルが無ければ4,357円)
posted by 文鳥 at 02:34| 東京 ☀| Comment(0) | バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする