2019年05月09日

ツインリンクもてぎ

史上最長と言われるGWが終わりました。
普段遊んでばかりのぼくは期間中ほとんど仕事に没頭するというへそ曲がりな展開に。
その仕事モードに突入する直前の晴れ間に、ちょこっとバイクいじりと遠出をしました。

前回の記事でサイドバッグを取り付けましたが、バッグの左右がかなり車体側に引っ張られて口が開けにくいので、もうちょっと改善してみようと作業↓
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ホントはさっさと特注に出せばいいんですが、現在かなり金欠気味なので、お金をかけずに使える状態にできないもんかと思い立ち、ビンボーチューン御用達のエーモンステー(っぽい鉄L字ステー)を2個と、そこそこ丈夫そうなカラビナ2個を使用。
さほど厚くない鉄ステーなので重い荷物だとヤバそうですが、コンビニ食料と防寒着とカメラ+レンズくらい入れば御の字という感じ。
バッグを取り付けるとこんな感じ↓
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これは防寒着と工具と三脚が入ってた状態だったかと思いますが、これくらいの重さならステーが曲がることは無さそうでした。
しかし赤矢印が示すように、ウインカーが邪魔で若干開閉しにくくなりました。でもまぁこれくらいならいっかというレベル。
後ろから見た図↓
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バッグの張り出しも乗員の脚とかハンドル末端からして全然安心レベル。

ついでにフラットなレンズ形状の近代的ヘッドライト(といっても最近のリフレクター式とかLEDとかに比べたら十分旧式)の小糸製のプラレンズから、XL250S純正レンズに交換しました↓
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このレンズは、ずいぶん昔に行きつけのバイク屋さん(ストラーダ)の店長からいただいたヘッドライトASSYを倉庫にしまいっぱなしにしてたことを思い出して、引っ張り出して採寸してみたらレンズ径がXL250Kシリーズの純正より若干小さいものの、リムの外径とネジ位置が全く同じだったので早速交換したわけです。
ガラス製で重量も若干増えますが、やはり丸く出っ張っている形状の方が旧車っぽいす。
いろいろ調べてみると、このレンズASSY(スタンレー製)は1960年代後半から(もしかしたら起源はもっと古い?)ホンダの丸目ライトのほとんどに多様されていて、リムが車種によって何種類か違うタイプのものがあるようです。
このXL250K2だと本来のリムは光軸調整ネジがリム横についてるものが正式な純正のようですが(たぶん)、個人的にはこのリム下にネジがあるタイプの方が好きです(SLはこっちが正式な純正なのかな?)。
ただ、XL250K2はSLとは違ってポジションランプが無いので、このXL250S用レンズのポジション球の部分は穴が開きっぱなし(電球だけ突っ込んどこうかと思いましたが、ホールド用のゴムが劣化して汚かったのと、これまた劣化で半分千切れてたので除去。
ゴムのグロメットとかで蓋したかったんですが、ちょうどいいサイズのものがなくてとりあえずこのまま。
以前起きたハイビームでの電球切れトラブル(ハイ・ロー両方切れる)もチェックしましたが、ハイにしても切れず、問題無さそうだったのでそのまま取り付け。
ただ、なんで自然に治ったのかこの時もっとよ〜く考えておけば、後々起きるトラブルも起きなかったんだろうなぁ…(そのトラブルについては後述します)。

早速走行テストと銘打って適当に走ってみました。
まずはちょっと気になる部品のことを調べにストラーダさんとこへGO。
その気になる部品というのはカワサキ250TRのハンドルなんですが、写真を見た感じ現状のXL純正ハンドルよりグリップ位置を少し高くできそうな感じだったので注文できるか聞きに行ったわけです。
お店に着いてハンドルの話をすると、なんと偶然にもその場に居合わせた常連さんのトランポの中に250TRハンドルを付けたトライアンフがあるとのことで現物を見せていただきました。
親切にもメジャーまで貸していただきまして(ありがとうございました)パパッと採寸してみると思ったほど高くならなそう(ほとんど同じ?)なので注文は中止。
実はこれ以前にネット検索で250TRよりグリップ位置が高くなりそうな「350TRビッグホーンレプリカハンドル」というのを見つけていたのです。
ただお値段が10,109円(内、送料1,469円)だったので、約半額ほどで済む250TR純正ハンドルが十分の高さならこっちにしようと思っていたのですが、ほとんど変わらないとなると350TRレプリカ買った方がいいかなと決断。

そしてまだ昼過ぎで天気も気温も快適だったのでもうちょっと走行。
長距離遠出できるような装備は持ってきてないので、定番の陣馬山(和田峠)へ向かいました。
朝起きてから何も食べてなかったので、陣馬山少し手前でコンビニに入って食料を調達。
この日は土曜日だったので、道中けっこう交通量も多く、峠頂上の駐車場にもけっこう車が停まってました。
ちなみに峠頂上の茶屋は開店してませんでしたが、中腹にある年季の入った茶屋は開店していて、入ろうかと思いましたがコンビニ飯買っちゃったし、観光客も多かったのでパス。
普段バイクで走るのは平日ばかりなので、たまにこういう賑わいのある日に走るとちょっと新鮮な気分になります。
峠頂上を越えて西側に下っていくと出てくる見晴らしのいい所(昔UFOっぽい光を見たとこ:笑)には運良く誰もいなかったので、ベンチに座ってコンビニ飯を食す↓
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めちゃくちゃ快適でした。
バッグの中はこんな感じ↓
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やはりウインカーが邪魔でしたが、開閉&出し入れにはそれほど苦労はしませんでした。
しかしこの時点でステーが曲がってバッグ位置が少し下がってしまいました(走行には支障なし)。

見晴台を出発してのんびりと適当に進行。
上野原市の道中にあった桜並木。ピークは過ぎた模様↓
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この撮影地点の背後には学校のような建物がありましたが、今マップを確認すると現在は廃校のようです。
このすぐ近くには水車のある食事処のようなところがありましたが腹も減ってないので入らず。

さらに進んで小菅村の分岐を南に進行。
北に行くと丹波山村に出て、そこから西へ向かうと高校生時代のぼくが初ゴケした大菩薩峠になり、さらに進むと山梨の塩山(甲州市)につながり、お気に入りの甲信越遠出コースになるんですが、今回は本意気の遠出ではないので南下して帰路につきます。
南下した道中には真新しい「深城ダム」がありまして、以前ダム湖の対岸にある水没廃道を見に行ったのですが、この日はゲートが閉まってて行けませんでした(ちなみに現在ストリートビューで見ると今より水位が低く、水没廃道がさらに見えてる状態がわずかに確認できます)。
ダムでトイレ休憩↓
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平日はほとんどだ〜れも来ないのに、さすが土曜日はちょいちょいバイカーや車がやってきてました。でも観光地のような混雑は皆無で快適。

ダムから少し進んだところから道を外れるとこんな吊橋がありました↓
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完全に生活用の橋って感じで観光地のような華やかさは皆無。
念のために書いときますが手前でUターンしたのでバイクで侵入はしてないっす。
歩いて真ん中に行ってみるとまぁまぁな高度差があっていい感じでした↓
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この写真を見たら22年前に行った北海道の廃線鉄橋を思い出しました。
↓1997年8月撮影
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すげー似たような写真撮ってるし。
当時の写真の情報から調べてみると、この場所は旧深名線の朱鞠内湖北側にある第二雨竜トンネルから蕗の台駅跡の間にある鉄橋だということがわかりましたが、グーグルマップの航空写真で見ると今はもう鉄橋も線路も蕗の台駅跡も無くなっている様子。
でもうっすら線路があったと思われる痕跡は残ってるようです。
ちなみに当時の蕗の台駅跡にはこのような↓
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張り紙があって、廃屋内にはクッキーだかなにかの四角い缶にノートとボールペンだかの筆記用具が入ってて誰でも自由に書き込めるようになってました。今でも日本のいろんな所には旅ノートが置いてあったりするようです(数年前に秩父で見つけた)。
あと、廃屋の壁にはこんな洒落た文言が書いてありました↓
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電話番号が「死後に報われ」とか面白いなぁ。
そういえばこの時、蕗の台駅跡で偶然見知らぬ一人のCB400SFの兄ちゃん(たしか2〜3歳上だったような)に出会って、ぼくと友人とその人の3人で鉄橋から第二雨竜トンネルの中まで探検して、別れ際に写真を送る約束をして送り先をメモったんですが、数日後にそのメモを友人が紛失してしまい、以来一切連絡できてないんすよね〜。
たしかこっちの連絡先も教えたと思ったんだけど、教えてなかったかもなぁ。まぁ一期一会ってことですかね。

この日はこれにて帰宅。
★旅データ★
総走行距離:206.9km
所要時間:約9時間
初回給油:152.3km 燃費:30.4km/l
2回目給油:54.6km 燃費:39.2km/l
ガソリン代合計:1,034円(ハイオク)
食費:1,275円(内、家に持ち帰った分:470円)=現地で食した分:805円
出費合計:2,309円
なんか異様に燃費良くなった…たぶん後半ほとんどノンストップだったからかな?

結局バッグ取り付けステーはグンニャリ曲がってしまい、長期に渡って使用するのは無理と判断してイチからやりなおし↓
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赤矢印方向に曲がっています。ちなみにこの時下げてたバッグ&積載物の重さは約5kg。
そういえば前述のストラーダで出会った常連さんがアルミ板でバッグサポートを自作してまして、それが非常に上手いことできており「そっか、穴のない板なら自分で好きな位置に穴開けられるな!」と少し考えればわかることを今更気づいて、ぼくも似たようなものを作ってみることにしました。

その前に前々から気になってた右後ろウインカー根元の歪みを修正↓
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赤矢印部分が歪みポイント。
ここけっこう硬いんすけど、ウインカーはラバーマウントなので上からよほどの力加えないとこうは曲がらないような気がする…なにがあった?
でもまぁ無事修正完了。

早速アルミ板買ってきて制作開始↓
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1:取り付けベースを作って取り付けたところ。
2:ところがまたもやウインカーが邪魔な位置にあって当たってしまうので一部を切削(グラインダーで特急加工したので汚い)。

取り付けベースにサポートフレームを取り付け↓
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最初に取り付けたSR用サイドグリップバーをそのまま使用してサポートのサポートに↓
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これで多少重くても平気でしょうと判断。

次に、注文してた350TRレプリカハンドルが届いたので交換↓
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上の方が350TRレプリカ。
取り付けてみると、純正と比べてグリップ1個分くらい高くなった感じ↓
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1:XL250K2純正
2:ヴィンテージハンドルバー ハイ(たぶんエルシノア純正と同じ)
3:350TRレプリカ
ハンドル単体の見た目ほど高くならなかったのは、純正に比べて上方向への絞り角がマイルドだったからでしょうか。
ヴィンテージハンドルバー ハイは高さは良かったんですが、根元の幅がありすぎて前後から見た時ちょっとカッコ悪く思えまして純正にもどしていました(他人からすればどうでもいいレベルなんですが…)。
やっと理想的なハンドルが見つかった…ぼくの体格がもうちょい小柄(170cm以下)なら純正でもちょうどいいと思うんすけど、178cmだとわずかに前傾してる(こじんまりした)感じになってしまい快適さがスポイルされるんすよね〜。

バッグも取り付け↓
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今回作ったマウントの費用:4,914円(SR用サイドグリップバーも足すと6,534円。あとネジ類の一部は手持ちのものを使用)。
バッグの重さでサポートフレームが若干内側にたわんでしまいましたが、サスにもスイングアームにも干渉しないので良しとします。
フレームマウントのタンデムステップでもあればもうちょい頑丈にできそうなんですが…やっぱアルミ板じゃ弱かったかな。
完璧を目指すならパイプを溶接で組んだ特注品なんだろうなぁ〜。
でも今は金ないからしょうがない。

バッグ取り付けが以前よりはしっかりできたということで、前回よりも長距離テストしてみようと思い、前々から行こうと思ってたツインリンクもてぎ(ホンダが主催するサーキットやミュージアム、遊戯&宿泊施設のある総合レジャースポット)に行くことにしました。
今コレクションホールにはCB系のレーサーや歴代車両が多数展示されているので、終了するまでには行って写真撮っとこうと思ってたんです。
ちょうど晴れが続いてたGW突入直後の日曜日の朝に「今から行くとどれくらいで行けるんだろ?」とグーグルマップで調べてみたら一般道オンリーでも4〜5時間!?日帰り余裕じゃん!と思い立ったが吉日方式で出発。
まぁ4〜5時間といっても最良パターンだろうから、のんびり走りたいXLでなるべくマイナーな道通って行くことを考えると、もっと時間はかかるだろうと思いつつ10:30頃出発(6時間かかっても夕方には到着する算段)。
もし閉館時間(18:30)に間に合わなかったら宿に泊まるか野宿するか、そのままどっか別の所回って帰るか、その時の気持ちで判断する予定。

ツインリンクもてぎは十数年前に友人と東北ツーリングした時に寄ったことがあるんですが、道はほとんど覚えてない。
でも家でグーグルマップ見て大まかな位置は覚えたし、いざとなればタブレットもあるし、そんなに迷うことはないっしょと走り出して数時間後、ケータイを忘れたことに気がつく。
「まぁ電話くらい1日持ってなくても平気平気〜」と思った次の瞬間、ツインリンクもてぎの住所メモも無いことに気づく(メモはケータイに書くのが定番になってました)。
んも〜〜ホンットにこのクソ脳みそのメモリ容量の少なさにはほとほと呆れるわ。
物事3個以上覚えらんねーのかよ!ひょっとしてぼくは脳に障害あるんじゃなかろうか?とマジに思える今日このごろ。
こういう短期記憶というか「あとで〇〇しとこう」とか「あれ持っていかないとな」と思ったことはかなりの確率で忘れるんすよね。
コンピュータで言うところのメモリの部分。HDDではなく。
バイクで外出する時に持っていく物の必須項目で、財布、メガネ、ケータイ、カメラ、グローブ、鍵、と短期記憶を要する項目が6個もあるので、ほぼ必ずどれか忘れます(家出てから思い出す)。
数字が3以上になると数が多くて何個あるか認識できないんでしょうか。この脳みそ。
そのくせ人生に何の役にも立たないくだらないことは事細かに覚えてたりするし。腹立つわ〜。
感受性と創作に関する部分以外の脳をマトモなものに載せ替えたい。
とりあえず脳内に残っているツインリンクもてぎのマップ上の絵的な位置(こういうのは忘れない)を頼りに大まかな方角だけコンパス見ながら進行。
近くに来たら看板でもあるだろうし、無ければ誰かに聞くつもり。

しかし天気は最高に晴れて気温も超快適。
そんな道中で適当に走ってたら次第に広大な風景が増えていきました↓
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どこだか忘れましたが1枚目と2枚目は別の場所です。
これまたどこだったか忘れましたが、どこかのコンビニで休憩した時にふと「オンラインじゃなくても検索できんのかな?」とタブレットのオフライン地図アプリ「MAPS.ME」でツインリンクもてぎを検索すると…あっさり出ました。
細かい住所がわかったので以降は標識とコンパスでほぼ行けました。
別に「タブレットをなるべく見ない縛り」とかしてたわけじゃなくて、昨今のツーリングライダーのように車体にケータイやタブレットを取り付けるのは旧車としては納得いかないので、走行中はタブレットをバッグにしまっており、そうちょいちょい見ることができないというわけです。
しかし今回持っていったオイルコンパス(グローブの裾にクリップで取り付ける超小型のもの)は非常に役立ちました。
腕時計の電子コンパスだといちいちそのモードにしないと作動せず、ほんの数十秒間くらいしか表示しないので、走行しながら確認するのがけっこうむずい(特に夜間)。
オイルコンパスならスイッチ操作等は一切必要なく、常に方角を表示し続けるのでホント便利(水平に保持する必要はありますが)。
夜間も街灯が当たってなくても蓄光した針がうっすら見えるので確認できるし。
あとこれは電子でも物理コンパスでも同じだとは思いますが、車両が帯磁している場合は正確な表示ができなくなるので、バイクなら車体から少し離した位置で見ないと騙されます(笑)。ぼくの場合はハンドルの位置(車体の真上ではない)なら大丈夫でした。

そんなこんなで前半はけっこう細い道とか裏道みたいなルートを選んで走ってましたが、後半は時間的に間に合うかどうか微妙な感じになってきたのでほぼ幹線道路で進行。
そしてツインリンクもてぎに到着〜。時刻は17:21!閉館までもう1時間くらいしかない!
というわけで急いでコレクションホールに突入〜↓
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季節的に日が伸びてきたのが幸いして、まだ明るくていい感じの写真が撮れました。
とにかく時間がないのであまりしげしげと車両や説明プレートを見てられず写真を撮りまくりましたが、あまりにも慌てていたのでカメラの設定も日中の屋外用とも言えるISO100固定のままにしており、被写界深度を深くしようと絞るとすぐ手ブレ許容範囲を超えるスローシャッターになってしまい、家に帰って確認したらけっこうな数で微ブレを量産してしまいました…(言い訳がましいですが、ヘルメットを片手に下げて、5kgのバッグもたすき掛けして、暑苦しい装備を着たままだったのも微ブレ量産の要因になってたと思う)。
まぁ手ブレ補正内蔵のαなのでブレてない写真もまぁまぁあるのですが、上記の理由からあまり絞れなかったのでピント位置が一部にしか合ってない写真も量産してしまい悔しい思い多し。
あ〜ISOオート(上限設定あり)にすればもっと絞って撮れたのになぁ〜。

気を取り直してマトモに撮れた写真を掲載。
エントランスにあった…名前がよくわからない60年代レーサー↓
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この辺のレーサーはみんな似たような姿なのでよくわかんないんすよね。
これは125とかそれ以下かな?
アルミ叩き出し感まるわかりのカウルがたまらん!

その横にあった初期のスーパーカブとS800?と発電機↓
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それにしてもキレイにレストアしてるな〜。樹脂パーツなんてどうしてるんだろ?

2階に上がりました↓
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う〜お〜!よだれモンのピカピカ旧車が山程ある〜!
しかも閉館時間が近いせいか、GWなのに結構ガラガラで見放題!でも時間は少ない!

スーパーカブの隣りにあったCB92…ではなく95(1959)↓
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CB95はCB92(125cc)を150ccに排気量アップさせた車両。
元になったCB92は初めて「CB」の名がついたマシンだそうで、当時の市販レーサーみたいなものだったそうです。
CB92の最高速度は130km/h。
当時の質の悪い舗装路とか悪路でこんなスピード出したらすごい怖そう。
でもFブレーキはツーリーディングで径も大きいからぼくのXLより効きそう。
ちなみにこの辺の年代のホンダ車には「72」とか「92」といった排気量以外の数字が付いた車両がありますが、72は250ccで92は125ccなんです。なぜかは知らんけど。

さらに昔の車両達↓
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この辺のは50年代中頃〜末期の頃?と思ったら一番手前のは最初期のドリームのようなので1949年式とかになるんでしょうか。

いわゆる神社仏閣デザインのC70(1957)↓
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これも250ccということで、「7」シリーズが250なのかと思いきや75以上は305ccだそうで…なんなんこの数字。
でもかっこいいなぁ。

アップマフラーのCS72(1960)?↓
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スクランブラーのご先祖様ですね。
前述の70や72同様、この辺の2気筒車の動画がちょいちょいYoutubeに上がってますが、いい音するんすよね〜これが。

スクーターのジュノオM85(1962)↓
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フロントタイヤの直後に水平対向2気筒エンジンが見えるという変態(褒め言葉)スクーター。
しかもバルブのタペットクリアランスは油圧で自動調整式、変速機も油圧変速だそうな。ド変態ですね。

自分史上今一番興味あるのがこれ↓
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CL250(1968)です。
しかも一番好きな青白ツートンで弁当箱マフラー。
塗装はメタリックとかではなくソリッドカラーなんですが、それがイイ!
でも一番カッコよく見える左側が撮りにくくて残念。
ちょっと前まで中古車検索サイトのGooバイクで、これと全く同じタイプのフルレストア車両が60万だか80万だかそのくらいの値段で出てたんすよね〜。指くわえて見てたらいつの間にか売れたらしく消えてました。
新車の現代バイク買えるお金があったら、ぼくは絶対旧車買う(理想は自分でフルレストア)。

自分史上一番興味あるシリーズその2(一番じゃなくない?)↓
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CL450(1968)です。
250にも同じことが言えますが、キャラメルパターンのブロックタイヤ履かせたい。

昨今プレミアが付いてるCL72(1962)↓
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中古で100万円越えも珍しくないんすよね…でもホントいい音するんだよなぁこれ。
説明看板には妙にカッコいい写真がありますが、これ乗ってる人が小さいからバイクがデカく見えるんすよね?
どうせぼくが乗ったら小さく見えるんだろうなぁ。まぁ買えないから別にいいんだけど。

SL350(1970)です↓
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ぼくのXLの国内仕様であるSL250Sの兄貴分なわけですが、横から見ると350の貫禄がイマイチ感じられない…。
リアフェンダーやサイドカバーやシートの形状がな〜んか芋臭いんすよね。あとオフ系なのにマフラーがダウンなところも。
一応跳ね上げてアップライトにしてはいるものの、クリンと湾曲したシートの形状と相まってモコモコしたイメージになっちゃってるのかなぁ。
そういや後年、輸出仕様で作られたXL350も250ベースなのにわざわざ跳ね上げダウンマフラーに変更されてたけど、なんでダウンにしたんだろうか。オフ車なのに。
当時の特撮TVドラマの帰ってきたウルトラマン(たしか16〜17話)にもこれと同じカラーのSL350が出てたけど、実際に走ってる姿はそれほど変に感じなかった、というかかなりカッコよく見えたのが不思議。フィルムの魔力か?
エンジンフィーリングは気分いいんだろうなぁと思います。

そしてぼくのXLの兄弟車(ほぼ双子)SL250S(1972)↓
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ほんとキレイにレストアしてるな〜。
ちなみに横からの写真が無いのはレンズが58mmなので、横の方から撮るとどうしても画面からはみ出してしまうため(背後に展示台があってそれ以上下がれず)。
ホントは24mmレンズも持ってこようかと思ったんですが、広角はスナップ用のGM1でいいやと持ってこなかったら、GM1のバッテリーを入れ忘れてやんの!
なのでこの日の撮影は58mmオンリー。
ホントこのクソ脳みそやってくれるよな〜!出発前にちゃんと「バッテリー入れとかないとな」って思ったのに、ちょっと他のことやったらもう忘れてるんだもんね〜。
それにしてもそれほど広くない屋内でバイクの撮影するっていう時に限ってなんで58mmを付けてきたのかというと、最初は屋外の道中でもたくさん撮影すると思ってたんすよねぇ。でも走り出して時間がヤバイことに気がついてほとんど屋外撮影無しになったというわけで、時間計算できない数字に弱い脳みそのせいでもあると言えます。
せめていつも付けてる40mmにしとけばもうちょいマシだったんだけどなぁ。
しっかしバッテリー入れ忘れってホント悔しいわ〜。

これも過去乗ってました。TL125バイアルス(1973)↓
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これも嘘みたいにキレイ。マフラーなんて新品みたいに見えます。
ぼくが乗ってたのは外装がけっこうボロっちかったけど中身は快調だったなぁ。
エンジンの特性や乗車ポジションは全然違うんですが、乗った時に感じる雰囲気(気分の良さ)は今乗ってるXLに似てる気がします。

2ストローク車のエルシノアMT250(1973)↓
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当時の他メーカーの2ストオフ車に4ストで対抗しようと意地はってたホンダでしたが、当時のテクノロジーではやはり2ストには勝てず、アメリカホンダからの要請もあって作った2ストオフ車CR250M(本田宗一郎さんは意地でも4スト派だったそうですが、部下の人たちが宗一郎さんにナイショで作り始めたらしい)の公道走行可能な市販モデル。
2ストは排ガスが臭くて遠出すると必ず服に臭いが付いてしまうのが嫌でしたが、空冷エンジンは乾いた排気音がすごく心地良いと思います(4ストにも同じことが言えますが、2ストは空冷と水冷の音の違いがより顕著な気がします)。
水冷の2スト単気筒(DT200WR)や2ストVツイン(WOLF250)も過去乗ってましたが、弾かれるような加速は良かったけど音がいいとは思わなかったもんな〜。

一時期本気で買おうかどうしようか迷った事があるXL250S(1978)↓
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これは少々レアな初期型です。
このマシンは500と共通の大柄な車格が魅力なんすよね〜。でも乾燥重量はぼくのXLより軽いというところに進化を感じます。

これまた珍しいXLV750R(1983)↓
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やはりめっちゃキレイ。
後ろシリンダーを冷やすためのシュラウドがついてますが、停車中や渋滞路だと前シリンダーがヒートしそうに思えてしまう。
しかしやはりトリコロールカラーはカッコいい。
でも実際遠出で使うこと考えると、80年代以降のカラーリングの多くは日本の田舎にはイマイチ似合わないんすよね〜。
80年代ならまだしも、90年代のブラッシュパターンなんて最悪。

威風堂々を具現化したようなバイク、CB750four(1969)↓
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ホイールベースはぼくのXLより55mm長いだけなのになんでこんなにデカく見えるんだろう。
まぁ前後から見ればクランク部分の幅が圧倒的なんですが、横から見た状態ではフロント19インチだし、シート高もXLと比べてそんなに変わらない気がするんですが、やっぱりデカい。タンクとシートの長さかなぁ。
このバイクも憧れの1台ではあるんですが、カッコ良すぎて人気すぎてタマ数多すぎてプレミア付きすぎてもはや別世界。

CB92(1959)とCB72(1960)でしょうか↓
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これも現在けっこうなお値段するんすよね。
昔のホンダ2気筒車には180°クランクのタイプ1と360°クランクのタイプ2が選べるようになってたそうで、当時購入しようとした人たちは選ぶの楽しかったろうなぁ。絶対乗り比べるでしょ。あ、でもそんなに試乗車なんて無かったかな?

自分史上今一番興味あるシリーズその3、CB450(1965)↓
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これはクジラタンクと呼ばれるタンク形状の初期型K0ですが、ぼくが好きなのはこの1つ後のK1なんすよね〜(置いてなかった。でもK0も十分カッコいい)。
昔、ぼくがバイクに乗り出した高校生の頃、今は亡き母が事あるごとに「それヨンヒャクゴジュウ?」等と凄い迫力を持たせたような言い方で聞いてくることがありまして、ぼくは「なに450って(笑)」と、その中途半端な排気量を度々言う母を笑ったもんでしたが、あれは母が若い頃に登場したCB450(発売当時の1965年に母は29歳)が「オートバイの王様」と呼ばれて、バイクを知らない人の間でも話題になっていたようで、その時の刷り込みで母の年代の人は450ccという排気量が「大型車」の代表格であるという認識になり、しょっちゅうそういう発言をしていたんだろうなぁと今になってわかりました。
ただ、ナナハン(CB750four)が登場するのはそのわずか4年後なので、もしかしたら母の認識としては「ナナハンに次ぐ大型車」という意味合いだったのかもしれません(ナナハンはもっと知名度が高かったと思われる)。
CB450が出るまでは250もバイクに乗らない人たちにとっては大きなバイクだったのかなぁ。

上記CB450の進化形、CB450エクスポート(1969)↓
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CL450もこのエクスポートも、CB750fourとほぼ同年代なので外装類の雰囲気がそっくり。
CB450ならこの70年代っぽい外装より黒&メッキの60年代スタイルの方が好きです。

時代は一気に進んで、ぼくが学生時代に憧れたマシン、CB1100R(1981)↓
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これを好きになったきっかけは東本昌平さんの漫画「キリン」に登場したマスターだったんですが「速さ」に興味を失った今となっては「レーシーなルックスのマシンを公道で乗る」ということのどこに魅力があるのかわからなくなりました。
でもこういうマシンを所有するのは嬉しいだろうなぁと今でも思います。

今でも安い中古が買えるCBX750F(1983)↓
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これは特に思い入れも何もないマシンですが、フロントホイールを17インチにして、リアも太めのホイールに換えて、吸排気系ちょこっといじればものすごくカッコよくなりそうな気がして前々から気になってました。
イージーなやり方で思いつくのはフロントフォークを思い切り突き出させて、16インチタイヤとカウルの隙間を少なくするのもいいかも。でもすんごいクイックなハンドリングになりそう。
何よりもこの80年代初頭特有の、いい意味でバランスの悪い外装デザイン(異様に長いテールとか首の長い鳥みたいなカウルとか)がキモカッコいい。

CB350(1968)↓
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これも前述のCL250と同じくツートンカラーですが、こっちはメタリック(キャンディカラー?)。
やっぱりこの時代の水平基調デザインはカッコいい。
特にリアまわりの凝縮感は現代のバイクではあまり見られない作りです。
なんで現代のバイクってリアフェンダーとタイヤの隙間(又はエンジンとリアタイヤの隙間)があんなに大きいんだろうか。
SS系やストリートファイター系ならそれでサマになるんですが、旧車的な魅力が売りのW650も250TRも、改めて見るとリアシート周辺が跳ね上がってるんすよね〜(XSRやZ900RSは「ネオ」レトロというだけあって新鮮味があって悪くはない)。
シートだけなら比較的簡単に水平基調に改造(シート移植とか)できそうなんですが、シートレールからして跳ね上がってる車種が多く一筋縄ではいかない。溶接必須。
とはいえ正真正銘の旧車であるぼくのXLもシート後ろ周辺が若干跳ね上がってますが、全体的に見てまだまだ水平基調の域からは逸脱していないレベル(タイヤとの隙間が少ない)なので見てられます。
でもやっぱりこの60年代テイストの水平基調のストイックさにはかなわないなぁと痛感。
ここまで水平を貫いてるシートも現代ではまず見かけないポイントですね。
90年代後半のスカチューンが流行った頃からせんべいみたいに薄いシートも流行りましたが、現代の車両で厚いシートに改造するってのもあってもいいと思うんですがねぇ。

CB350four(1972)とCB500four(1971)↓
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今度は4気筒シリーズ。
ホイールベース等のサイズよりも、やっぱりシリンダーやクランクケースの見た目の大きさの違いが、車格の大きさの印象に影響を与えてるのかなぁとこれを見て思いましたが、調べてみたらホイールベースも確実に違いますね。
ちなみに750のホイールベースは1,455mm、500は1,405mm、350は1,355mm、XL250K2は1,400mm。
数cmの差が色んな部分にもあって、それが塵も積もって全体の車格の差につながるんでしょうか。

CB系レーサーのコーナーに来ました。CB450のレーサー(1967)↓
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60年代なので完全にレトロスタイル。しかもすごくコンパクトに見えます。

CB750fourのレーサー(1970)↓
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やっぱりナナハンはレーサーになってもカッコよさがダントツです。

CB750fourのレーサー(1973)↓
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時代が進んでもカッコいい。
これは「美人(イケメン)はどんなカッコしててもサマになる」ってのと同じ理論でしょうか。
又は、100年以上前の美人さんの写真見ても「うわ美人〜」って思うのと同じですかね。

RCB1000(1976)↓
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CB750fourの進化が進むとこうなります(年代的にはCB750Fが市販される3年前)。
もはや原型を留めていないレベルにいじくってますが、カッコよさは相変わらず。

RCB1000(1977)↓
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オイルクーラーのためと思われるインテークが口みたいになってますが、ナックルガードの形状も相まって、深海魚的なキモ可愛さが生まれてると思うのはぼくだけでしょうか。

CB750Fレーサー(1982)↓
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RCBを経て開発された市販車CB750Fまんまの外装ですが、足回りやエンジン等は本気度100%の改造が施されています。
かの有名なフレディ・スペンサーがNS500に乗る前に乗ってたマシンとしても有名。
しかしこの時代に大流行したF16インチ・R18インチのホイールって今見るとアンバランスな見た目だなぁ。当時はなんとも思わなかったのに。

CBレーサーコーナーから常設展示(たぶん)のレース部門コーナーへ。
ド変態ワークスレーサーNR500(1980)↓
64.jpg65.jpg
ピストンを楕円形にして、4気筒で8気筒並の性能を出して、当時全盛を誇っていた2ストレーサーに対抗しようとしたホンダの意欲作。
結局マシントラブルとかも多くてあまりいい戦績を残せなかった印象ですが、個人的には大好きなマシン。
この初期型のスクリーン形状も変態的で最高です。
下半分のカウルがなんか鉄板臭いなぁと思ったら、このカウル自体がフレーム構造の一部になってる(通称エビ殻)んだそうな。変態〜!
全体のデザインも、後年登場するNS500のプロトタイプ感があってこれまたたまらん。
アルミステップのベースやスイングアームの取り回しもことごとく変態的です。

出た!見分けがつかない60年代のレーサー達↓
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一番手前は1961年にマン島TTレースに参戦したRC161だそうです。
DOHC4バルブ4気筒250ccカムギアトレイン。
カムギアトレインといえば、ぼくの年代では80年代後半のCBRやVFRに搭載されて「へぇ〜すごい技術だねぇ〜」と最新技術だと思ってましたが、調べてみるとけっこう昔からある技術だったんすね。ベベルギア駆動もカムギアトレインの1種だそうで。

さらに古いレーサー達↓
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一番手前が世界初のDOHC4バルブ4気筒250ccのRC160(1959)、その奥が1953年式のMVアグスタの…よくわかりませんが、当時ホンダと覇を競い合ったライバル車のようです。
その奥は…もうわかりません。
RC160は250とは思えない貫禄のある車格ですが、動画を見るとその排気音も250ccとは思えない迫力のある爆音でした。
セパハン形状がなんかすごいです。無駄に長くなってるのはハンドル高を自由に設定できるってことなんでしょうか。

もうよくわからないレトロレーサー達↓
68.jpg
説明看板ないと全然わかんないっす。
C〇〇とかRC〇〇的な年代でしょうか。
右奥にあるレーサーのカウルにある「ジム・レッドマン」という名前はなんか聞いたことがあるぞと調べてみたら、60年代のホンダGPレーサーのエースだった人だそうな。
ぼくとしてはレッドマンといえばウルトラマン放映前のボツ案っていう印象があります。
成田亨さんのデザインしたレッドマンのイラストがまたグロカッコいいんです。
「レッドマン」だけで検索すると70年代のチープな方ばっかり出てきてしまうので「成田亨」も付け足して検索すべし。

前述のNR500の2型(1981)↓
69.jpg
フレーム、足回り、外装は当時の定番装備になってしまい、変態度は大幅にダウン。
でも80年代初期の「技術の過渡期」みたいなものが感じられてグッときます。

NR500の3型(1982)↓
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同年デビューした2ストのNS500とそっくりな外装になったNR。
もうすっかり健全なレーサーになりました(笑)がNR500はこれが最終型となります。

NS500の初期型(1982)↓
71.jpg
NR500で全然勝てなくて各方面からお叱りを受けたホンダが満を持して作った2ストレーサー。
水冷2ストロークピストンリードバルブV型3気筒500cc。
1983年式の2型とほとんど同じ姿に見えますが、ナックルガードが別体だったり細々と違いがあります。
NS500で有名なのはフレディ・スペンサーが駆ってチャンピオンになり、タミヤがプラモ化した2型(中学生の頃にキレイに作りました)ですが、初期型も新幹線0系のプロトタイプみたいなキモカッコよさが感じられます。

NSR500の初期型(1984)↓
72.jpg
NSで変態度が著しく下がって勝てるようになりましたが、新型のNSRはまた変態度をぶり返して登場!
外見は普通にカッコいい当時っぽいレーサーの姿ですが、ガソリンタンクに見える部分は単なるカバーで、中にはチャンバー(マフラー)が4本通っており、アンダーカウルに見える部分がガソリンタンクになっているという変態構造です。
これは重量の軽いチャンバーを上にして、重心を低くしようとした結果だそうですが、実際に走らせてガソリンが減ると重心が変わって非常に乗りにくくなったとか、排気熱によってキャブセッティングが困難だったとか、本来アルミ製だったコムスターホイールをさらなる軽量化のためにカーボン製にしたことで、リアタイヤがハイパワーに耐えきれずに破断してしまったとか、失敗談に事欠かないモデル。
やっぱりホンダはこうでなくちゃ(嘘)。
もちろん翌年からはオーソドックスな通常のV4になったのは言うまでもありません。

前述のCB系レーサーRCB1000からの進化形、RS1000(1981)↓
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これもタミヤからプラモ化されてまして、NS同様中学生の頃に作りました。
やっぱこの頃の耐久レーサーはカッコいいなぁ。
でも顔(フロントカウル)が天才バカボンに出てくる本官さん、又は秘密戦隊ゴレンジャーのアカレンジャーみたいな目をしていて、若干滑稽さのあるカッコよさも感じられます。

ホンダワークスのトライアルコンペマシン、RS360T(1984)↓
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これも往年のホンダ特有の「4ストで2ストに勝つ」ためのマシンで、実際にエディ・ルジャーンが駆り優勝した優秀なマシン。
バイクにハマりだした当初のぼく(小学生)はオンロード専門でオフ車には全く興味がなく、トライアルなんてその存在すら知りませんでしたが、実際に乗れる年齢になってトライアル車(公道用市販モデルだけど)に乗ってみると実に楽しいマシンだと思いました。
むしろそれまでぞっこんだったオンロードマシンが、事故や死のリスクが非常に高い割にそれほど楽しくない乗り物のようにも思えたほどです。
このような大排気量&ハイパワーのトライアル車は乗ったことがありませんが、このRSは4スト単気筒の360ccってだけでもうすごい面白そう。

同じくトライアルコンペマシンの…たぶんRS250T(1983)↓
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360よりもかなりコンパクトなフレームに収まったこれまた小さなエンジン。
これも楽しいんだろうなぁ。

モトクロッサーのコーナー↓
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全てCRシリーズなのかと思いきや、RCっていう名前のもあったりしてややこしい。
何が違うんだろと調べてみると、どうも市販レーサーがCRで、ワークスレーサーがRCという名称らしい(たぶん)。

シルバーのマシンはCR250Mエルシノア(1972)↓
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このアルミタンクはぼくのXLR250BAJA(バハ)にもくっついてます。
60年代マシンは水平基調デザインがカッコよかったですが、やはり70年代マシンは水平基調から少し脱却し始めた感じが程よくバランスしているデザインが肝ですね。

RC250M(1980)↓
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要するにこれは市販されていないワークスレーサーってことでしょうか?
たしかに1980年式のCRはまだ空冷エンジンで、翌81年から水冷になっていることから、このRCのノウハウが市販モデルにフィードバックされているんだとわかります。

メカフェチにはたまらない、特殊なフォークのRC125M(1981)↓
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フロント・ダブル・プロリンクサスペンションとか言うらしく、当時肋骨を骨折した東福寺選手のために急遽作られて、骨折したまま参戦した東福寺選手はそのまま優勝してしまったという伝説のフォーク。
重そうに見えるけどけっこう軽いらしく、ショックアブソーバー性能も一般的なテレスコピックよりも優れていたとか。
でもコストが高いとかで量産化はされなかったとのこと。
今はテレスコでも十分性能いいってことなんでしょうかね。

パリ・ダカールラリー用のマシン、NXR750(1989)↓
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ホイールベースが異様に長いのが一目瞭然。
車高もあるので写真だとそれほど大きく思えませんが、ホイールサイズ(F19、R18)を考えると異様に大きい車格であることがわかります。
外人選手が乗るとこれが普通サイズに見えるから笑える。

ラリーレイドマシン3種↓
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向かって左が前述のNXR750で、中央が特殊な2ストエンジンを積んだEXP-2(1995)、右端がXR600Rバハ(1992)。
EXP-2は「AR燃焼」という、点火してないのに混合気が自己着火してしまう現象を積極的にコントロールして、排ガス中の有害物質を減らしたり、燃費を向上させようとしたシステムを搭載。
グラナダ・ダカールラリーで総合5位、クラス優勝しています。
その後AR燃焼システムは市販車のCRM250ARに採用されましたが、結局2ストは無くなってしまいました。キビシー!
XR600Rバハはアメリカのハバ1000というラリーに出場・完走したマシン。
車体色は当時流行った蛍光色を取り入れたブラッシュパターンですが、こうやって単体で見る分にはカッコいいです。

4輪車部門へ移動↓
82.jpg
時間が無いのでここは撮影を少しだけにしてさらっと1周して終了。
一番手前のT360(1963)はホンダ初の市販4輪車で、スポーツカー並のエンジン(水冷4ストロークDOHC4気筒+4連キャブをミッドシップ)だったそうです。なによりデザインがカッコ良すぎ。外観このまんまで復刻したら売れそうな気がするんすけどね〜。

有名なステップバン(1972)↓
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これもホントカッコいい。けっこう売れてたようで中古市場でもまだ少し見かけます。
次乗り換えるとしたらこれかなぁ。厳しいかな。

隅谷守男選手のヘルメット↓
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ホンダRSC(HRCの前身)契約ライダーで、鈴鹿サーキットでのマイク・ヘイルウッド選手のコースレコードを破る等、数多くの優秀な戦績を残すも、1975年にフランスのルマンにて、CB500Rで練習中に転倒、他界。享年31。

〜ビンテージヘルメットの思い出〜
レースとは全然関係ない話。
ぼくは高校生の時免許を取ってバイクに乗り始めたんですが、教習所に通ってた時期に母の友人の息子さんが使っていたというヘルメットを2個ほどいただき、その中で一番MADMAX1(の暴走族)っぽいと思ったフルフェイスをけっこう長い間愛用していました。
それが上記の隅谷選手のメットのようなレトロなメットでした。
メーカーは「立花自動車用品製作所」で、内装に貼ってあったシールには「Custum」とか「形式:フルヘース」とか書かれていて友達と大爆笑して、以降そのメットは「カスタム」とか「フルヘ〜ス」と呼ばれ長年愛用されました。
ちなみにウィキで立花を調べると「フルフェイスタイプはこれまで製造していなかったが、最近になってから製造を始めている」と書かれていますがこれは間違いだと思います。
いただいた時点で1988年だったし、フルへ〜スの形状やシステムから見てもとても1980年代以降に作られたものとは思えず、1970年代には作られていたと推測。
ただ、極最近このフルヘ〜スと全く同じ形のメット(GT-750というらしい)が立花から発売されていたようで、ウィキはそのことを言ってるのかな?要するに昔作ってたフルヘ〜スの再販と思われます(残念ながらこれも現在販売終了)。

シールドは現代のように最初から湾曲しているものではなく、ただの透明な板を切り抜いたもので、それをこめかみ部分のネジで留め、その下の頬のあたりにあるホックでバチンと固定するので、シールドを開ける時は左右のホックを「バチバチ」と外してからスイッと開けるものでした。段階的に開けられるクリックなんてものはありません。
若かったぼくはヘルメットの中の顔が見えるのはダサいと思っていて(MADMAXのババとか漫画サムライダーのヘルメット軍団に影響されていたのも一因)それまでスモークシールドにしていたんですが、対向車の光が当たると顔が丸見えになってしまうので、当時ちらほらと街のバイク用品店にも登場し始めたミラーシールド(カラフルなやつはまだ存在してない)の、中でも数少なかった旧型フルフェイス用ミラーシールド(板状のやつ)を購入。
しかしこれも意外と隠蔽効果が低く、昼間では薄っすら顔が透けてしまうので、スモークシールドの上にミラーシールドを重ねるという、旧式メットじゃないとできないことをやって乗ってました。
しかし夜間は2重だと暗いので、ミラーをアップして乗るんですが、80km/h以上出すと風圧でいきなり「バン!」とミラーが閉まって視界が真っ暗になって減速を余儀なくされるということがありました。

しばらくはこめかみのネジを増し締めして対応してましたが、その後はシールドをやめてMADMAXのトゥーカッターのようにハルシオンのゴーグルを付けて事なきを得ました。MADMAX(1作目)大好キッズだったんです。2以降はイマイチ好きではありません(笑)。
フルヘ〜ス、捨てなきゃよかった〜!
ちなみにフルヘ〜スをくれた母の友人様からは他にもNAVAのモロ80年代初期っぽいプラスチッキーなフルフェイスメットもいただきましたが、NAVAのロゴはDr.スランプアラレちゃんに出てきそうな丸っこいプクプクデザインで、さすがにそれは当時のぼくらの感性では許容し難く(笑)一度も使わないままその後誰かにあげちゃいました(これももったいねぇ〜)。
〜ビンテージヘルメットの思い出〜終わり

F1コーナー↓
85.jpg
一番手前の車両はRA272(1965)。
ホンダにF1初優勝をもたらしたマシン。
F1はあまり興味がなく、時間的にも厳しいのでこれ1枚で撤退。

ホンダの大まかな歴史コーナー↓
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写真だとなんてことはないように見えますが、肉眼でみると異様にデカい車です。
カーチス号(1924)というこの車、飛行機用のV8エンヂンを「アート商会」という自動車修理工場が4輪車用に手直しして搭載したもので、そこに弱冠18歳の本田宗一郎さんが助手として参加していたそうです。
恐らく後ろの写真の助手席にいるゴーグル姿の人が宗一郎さんだと思われます。
肉眼で見るとホイールなんて大八車みたいな印象でした。
どんな排気音なのか気になる〜。

RC142(1959)↓
87.jpg
マン島TTレースに初挑戦した時のマシン。
下の説明看板によるとこれは復刻版らしいですが、受注生産販売するとしたらおいくら万円?

CA100(1962)↓
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アメリカ輸出用初代スーパーカブ。
100と銘打っていますが50ccです。アメリカは原付2ケツしてもいいんでしょうか。

Sports360(1962)↓
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いろいろあって販売されなかった幻の軽スポーツカーですが、後に排気量をアップさせてS500として販売されました。
このエンジンがほぼそのままの仕様でT360に搭載されたそうです。

というわけでこの辺で閉館時間がきてしまい撮影大会終了。
すっかり暗くなった駐輪場で出発の準備をして帰路につきます。
帰りは特に時間制限もないのでのんびり適当な道を選んで進みます。
どの辺だったかわかりませんが、住宅や幹線道路も近くにあるような比較的都市部を走っていましたが、少し幹線道路を外れると街灯もまばらな薄暗い道になりまして、出発前に交換したヘッドライトレンズのビンテージさもありまして、これがけっこう暗い。
さすがに6V車のような暗さではないんですが、けっこうそれに近い暗さ。
恐らくこれはレンズカットの影響だと思いますが、暗い上にかなりスポットな配光なんすね(同じような電球を使う小糸製のプラレンズはもっと明るい)。
そこで出発前にチェックして大丈夫だった(と思い込んでいた)ハイビームにしてみました。
配光もかなり広がって光自体も異様に明るくなって「やっぱハイビームってあかるいなぁ」とノンキに思ってましたが光軸が少々上向きで対向車が来たら下げなくては迷惑。
そんなわけでローに戻した途端、フッと消灯…。
「え!?嘘でしょ??」とハイに戻すとこれも1秒ほどで消灯。
「ふっざけんなよ!」と街灯の少ない薄暗い路肩で停車して車載工具でヘッドライトをバラしてみると…やっぱりローもハイも見事に切れてました。一方のフィラメントに至ってはほぼ全部溶けていました。

これは後々考えるとハイビームの配線がヘッドライト用レギュレータを通っておらず、出発前のチェックではアイドリングでしか点灯してないので許容電圧を超えることなく何も起きなかったが、走行中ではエンジン回転数も上がるので発電電圧も上昇し、ハイが12V以上の明るさを発揮(切れる寸前)。その熱でまずローのフィラメントが溶断寸前になって、ローに切り替えた途端ダメ押しの加熱で溶断、再度のハイビームでこちらも耐えきれずに溶断…といった感じだったのではないかなぁと推測。

まぁ原因追求なんてやっててもしょうがないので、やむなく無灯火でゆっくり走行。
幸い交通量のほとんど無い道だったのですが、いつまでも無灯火でいるわけにはいかない。
すると少し離れた幹線道路沿いに明るい照明が煌々と輝く大きな店舗を発見。
早速行ってみるとそこはケーズデンキでした。
「自動車関連の電球なんて売ってないよな〜」と思いつつも藁にもすがる思いで入店。
店員さんに聞いてみるもやはりそんな電球あるわけもなく。
しばしどうしようかと考えた結果、一番安い自転車用LED懐中電灯を購入↓
90.jpg91.jpg
オールプラスチック製のチャッチぃやつ。
これをフロントフォーク上部に取り付けます(自転車用の取り付けマウントそのままでOK)。
取り付けをしてる最中にあたりの照明が一斉に消え、店のシャッターがガラガラと閉まります。
時計を見ると20:00過ぎ。
もうこれ以降は深夜営業する店舗以外開いてません(バイク用品店見つけても無駄)。

走ってみると、ゴムバンドなんでカッチリした取り付けではないんですが、これが意外に振動があってもしっかりホールドされて光軸もブレずに照射できました(マウント部はクリックのある角度調整ができるようになってます)。
視界の明るさは安物なので少々心もとないんですが、対向車からは確実に視認できるであろう明るさはありました。
その後セルフ式ガソリンスタンドに寄って電球がないか聞いてみるもやはり無し。
今のスタンドはそういう部品販売はしてないんすね…。
次に最寄りのドンキホーテを検索して行ってみましたが、置いてあるのは最新のLEDとかH4電球のみ(LEDでもいいから取付部の金具が同じ電球ないかと探しましたがもちろん無し)。
こういう店こそマイナー電球置くべきでしょうに〜なんて言うのはマニアのワガママでしょうか。
ていうかスペア電球持ってきてない時点でぼくのミス、いや、ハイビームトラブルの原因を調べなかったのが悪い。
思い返せば出発前のレンズ交換で「なんか知らんけどハイビームも使えそうだし、スペアもいらねっか。そもそもハイビーム使う機会もないだろうしね〜」なんて絵に描いたようなバカな思考だった過去の自分に飛び蹴りくらわせたい。
そのくせ、スペアのブレーキ&クラッチワイヤーと左右レバーはちゃんと持ってきてるところがまた腹立たしい。
必要なものに限って持ってないという…。

もう電球は諦めて以降はひたすら明るい幹線道路を、おまわりさんにビクビクしながら帰ってきました(何度かパトカーにも遭遇しましたが、なにも言われず。傍から見ればそれほど暗くなかったのかな)。
せっかく時間制限無しで自由気ままに走れるはずだったのに、帰り道は緊張しっぱなしでした。
もう次の遠出前には配線チェックしとこう。そして何があってもスペア電球持っていこう。

帰宅後に撮影した電球↓
92.jpg
全溶けしてるのは恐らくハイの方だと思います。
またしばらくは小糸製のプラレンズに戻しとくか。
H4バルブでレンズが丸く飛び出しててリフレクター式じゃない明るいレンズって無いもんかねぇ(また出たぼくの欲しいものは売ってない説〜)。

★旅データ★
総走行距離:375km
所要時間:約15時間半(内、ツインリンクもてぎでの見学が約1時間)

初回給油:165.1km 燃費:31.6km/l
2回目給油:209.9km 燃費:31.7km/l
ガソリン代:1,844円(ハイオク)

ツインリンクもてぎ入場料:1,700円(内、2輪駐車料500円)

食費:1,690円(内、家に持ち帰った分:570円)=現地で食した分:1,120円
雑費:1,528円
<雑費内訳>
オーム電機LEDラバーライト
単4アルカリ乾電池x4(電池別売りだったため購入。3本使用)
単4アルカリ乾電池x4(予備で買ったが使用せず)

出費合計:6,762円(道中で使用しなかったものを差し引くと5,885円。ヘッドライトトラブルが無ければ4,357円)
posted by 文鳥 at 02:34| 東京 ☀| Comment(0) | バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月06日

近況と解体屋巡り

前の記事から約5ヶ月も経ってしまいました。
その間ちょいちょいXLには乗っていましたが、短距離ばかりで紅葉の遠出には行かずじまい。
最も長距離で11月に陣馬山(高尾山の近く)経由で鎌倉の義兄の家に行って帰ってくるくらいでした(150kmくらい?記録なしなので詳細不明)。
↓その日に見つけた陣馬山の土砂崩れ(新しい道がすぐ横に開通済み)。
01.jpg
雪の季節には二十数年ぶりに東北の雪山にでも行ってみようかなぁと思ってましたが、これも結局行かずにぬくぬくと布団にくるまってたら冬終了。

あと、ブログに記載するのを忘れてたXLいじりネタとして、去年の夏の遠出前にリアサスダンパーを純正のものに交換しました↓
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リアサスに関しては過去の記事にも度々書いてましたが大体こんな経緯↓
1:異様にショックが吸収できてない
2:ダンパーオイルが抜けていると思い、台湾製の黒い新品に交換(結局純正ダンパーはそれほど劣化しておらず)
3:それでも異様にショックが来る状態は変わらず
4:マウント部の締め付けを緩めてみた結果、スプリングがめちゃ硬いということが判明(元々輸出仕様なので、ガタイのデカい外人さんが硬いものに交換していたと推測)
5:350用の純正2レートスプリングに交換して問題解決!
…という流れだったんですが、台湾製の黒いダンパーと純正ダンパーのスプリング取り付け部分の自由長を比べてみると純正の方が長い。
ということは純正ダンパーにすればもっとソフトな乗り心地になるんではないか、と思い純正ダンパーに交換したわけです。
乗ってみた感じイマイチ違いがわからないくらいだったので、サス全長が若干短い黒いダンパーにした方が見た目的にも良さそうな気も無きにしもあらず、というのが現状です。

あとこれも夏の遠出前のことですが、ブリーザーホースの取り回しも変更しました↓
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以前はクランクケースからのホースをまっすぐブリーザー本体につないでいましたが、そのホースをメインフレームパイプに1周させてから接続するようにしました(ちなみに純正ではホースがエンジン下に垂れ下がっているだけの大気開放状態でした)。
こうすることでブリーザー本体内にたどり着くオイルも減って、クランクケースからのホース角度も上を向くようにしてあるので、ホース内のオイルがケース内に戻りやすいんではないかと期待。
エアクリーナーにつながるホースは元のままの取り回し(メインフレームパイプ1周)。

そんな状態でしばらく過ごしていましたが、ある日中古ゲーム屋にふらっと行った時(PS2時代のサイレン1と2がやりたくなったため)併設されている古着屋でこんなバッグを発見。
吉田カバンのPORTER PEACE SHOULDER BAG 705-07691(2006年発売)というやつで、サイズや形状がバイクのサイドバッグにピッタリな感じ↓
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サイドバッグといえば、昨今ブームの1960〜70年代の旧車に付けている人がチラホラ見受けられ、けっこうカッコいいなぁと思ってたんです。
といってもアメリカン系で見られるような革のウエスタン調のものや、いかにもハーレー的な感じのものではなく、コットン生地のミリタリー系バッグをそのままぶら下げているような感じのが多く、これが日本の旧車にすごく似合ってるように思えました。
ぼくも過去に軍装品マニア道に片足突っ込んだことがありまして、手元にあった60〜70年代のアメリカ陸軍が使ってたM1961フィールドパックってやつが使えるかな?と思ったんですが、理想よりちょっと小さいんすよね。
去年の夏の遠出でウエストにすべて集約させた積載方法↓
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…はバイクの駐車時には安心してバイクから離れられるし、旅の前半くらいまでは快適だったんですが、疲れにともなって腰にかかる負担が大きく感じられうようになって、旅の最後の方ではたまりかねて宅急便でウエストバッグだけ先に家に送ってしまったほどだったので、このウエストバッグほどの容量まではいかなくとも、工具や三脚、予備レンズ、レインウェアくらいは入る容量がほしいなぁと思っていました。
そんなタイミングでたまたま見つけたこのポーターバッグ、ほとんど新品みたいな感じなのにお値段は税込み5,378円(定価約3万円)とけっこうお買い得感ありだったので購入〜。

ちなみにこの店に来た本来の目的であるゲームのサイレン1〜2ですが、結局無かったのでネットで安いのを購入。
特に1は難易度がかなり高いゲームだと言われていたので、チート使って快適プレイ(ただ単に、2に出てくる太田ともえ闇人乙式を見たかったってのがSIRENをやりたくなった発端で、2やるなら1もやらなきゃとなった)。
たしかにこれ、チート無しだとかなりストレスフルだったかもしれない。
でも全体的な雰囲気(廃墟満載)や、リアル系キャラ造形とか、キャラの声がアニメ声じゃなくて、キャラのモデルになった俳優さんたちがそのまま声を当ててるとか、かなりぼく好みな部類のゲームでした。
しかしもうぼくは小学1年生でもクリアできちゃうような難易度のゲーム(もしくは何らかのヘタレ救済策があるゲーム)か、じっくり時間をかけてゆっくり攻略していけるゲームじゃないとやる気出ないので、この手のアクション要素の高い高難易度ゲーはもう買わないでしょうね〜(フロムソフトウェアのゲームは買わないようにしてます)。
高難易度といえば、一部で「平成最後のクソゲー」と話題のレフトアライブですが、フロントミッションファンとして気にはなってたものの、買わずに様子見して大正解だったようです(敵の理不尽なモーションは見てて笑えるので好きですが)。
あと、サイレン2には今旬な話題人でもあるピエール瀧さんが出演されているんですが、この時はまだ一連の問題が明るみに出る前でした。
ジャッジアイズも買っときゃよかったなぁ〜(ディスク版は売ってるけどDL版の方がなにかと便利なんすよね)。

…ゲームの話はここまでにして本題に戻ります。
理想的なバッグは手に入ったけど、どうやってバイクに取り付けようかとしばし考慮。
市販のサイドバッグホルダーみたいなステーは車種それぞれの専用で作られてるので流用できるかどうかよくわからない。
形状的にはSRとか250TR用のが使えそうな気もするんですが、ネットだと細かいサイズ感がわからない。
したがって毎度こういうことになると現物を見に行くのが定番になるわけで、近所のナップスへGO。
ところが置いてあったのは左側用ばかりで、右側用がない(リアサスに合わせて斜めに傾いた形なので反対側に使うとサスに干渉しそう)。
斜めになっていない形状のものでも前後で厚みが違う(バイクのリアに向かって左右幅が抑えられるように、もしくは前後均等幅になるようになっているのだと思う)ので、反対側に付けたらリアの方が車体外側に張り出してしまうという難点が…。
また出たよ、ぼくの欲しいものは売ってない説〜(今考えたら取り付け穴の位置とかカラーかませるとかで対処できそうな気がしたけどもういいや)。

そもそもメッキ部品を曲げたりしたらメッキがパリパリ剥がれて酷いことになりそうだし、だったらいっそのこと特注しちまおうかと、以前タックインガレージ経由で特注ステンレス部品を多数作ってもらった藤竹金属工業所さんにお願いしてみようと連絡。
ところが現在お仕事満杯でしばらく手が空かないとのことで、またの機会にということになってしまいました。
もうこうなるとしばらくは自作でしのぐか、とまたしばしの考慮。
ポーターバッグには背面に2つの大きなホック付きポケットがあるので、ここにステーかパイプ等を差し込んで左右への傾きを押さえる役割とし、バッグの両サイドにあるストラップが接続するDカンを何らかの方法でバイクに引っ掛ければ、タイヤにも干渉せずに固定できるんではないかと思いつきました。
背面ポケットに差し込むステーは強度を持たせないと、バッグ満杯で重量が増した状態で車体をバンクさせた時、ステーが曲がってタイヤに当たって悲惨な目に会うことうけあい。
強度のあるステーといえばもうステンレスのゴツいステーしか思いつかないのでホムセンに行ってみると、ちょうどいい長さのやつはけっこうなお値段(2本で1,500円くらいしたような記憶)。
これでつかなかったらもったいないし、いずれ特注すること考えたらあまり金かけるのもばからしいし、とまたナップスへ。
すると棚の下の端っこの方にSR用のステンレスアシストグリップなるものが半額で売られていました。
「あ、お得〜」と深く考えずに買いました(税込み1,620円)↓
04.jpg
でも考えてみればこの価格ならホムセンのステンレスステー2本1,500円の方が良かったような気もしないでもない。
あとたった今思いついたんですが、マフラーステーの方が強度もあって形状もいろいろあって、そっちの方がよかったような…。

早速仮付け↓
05.jpg
ムム…ちょっと下すぎるかな。
上下の位置はバッグのストラップをシート下で挟んで固定してるので、この辺をもうちょっと煮詰めてみよう↓
06.jpg
お!けっこういい位置についた!
前側のDカンはシート下のヘルメットホルダーに引っ掛けるので、自然にバッグの盗難防止にもなってます。
ただ、装着はストラップをリアフレームに巻きつけて位置調整することと、そのストラップをシート下で上手く挟まないとこの位置にならず、サッと手早く脱着はできない。
あとすぐにダメになるというわけではないにしても、やはりバッグがリアサスに干渉してるので、バッグもリアサスも擦れていくのが避けられないのも難点(バッグが厚手のコットンだからまだいいけど)。
これはやはりリアサスに干渉しないような位置に簡単に固定できるような特注ステーを作るしかないでしょう。
あと、タンデムステップはボトムした時に当たりそうなので、この写真撮影後に外しました。
ちなみにこの日は同時にバハの修理したウインカーも取り付けましたが、結局ウインカーハーネスの奥の方で断線してるようで、面倒くさくなって終了〜(車体&エンジンは絶好調なんすけどね…電装系トラブル嫌い!)。

そしてバッグが付いたってことで、遠出時に持っていくであろう工具セットや予備電球、予備レバー等を入れて走行テストしてみようと思い、予備レバーを倉庫ボックスから取り出しました↓
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そういや納車時に付いてたレバーってこんな汚かったんだな…と思い出しました。
でもこれはすぐキレイにできそうだったので作業開始。
まずはレバー表面を覆っている劣化した樹脂コートを剥がします↓
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1がクラッチレバー、2がブレーキレバー。
恐らく数十年前に旧オーナーさんがコーティングしたんだろうけど何樹脂なんだろ?
なんとなくエポキシっぽい。
クラッチレバーは先端の丸いゴムカバーで隠れた部分以外は剥がれていました。

先端部のアップ↓
09.jpg
現代のレバーには見られない、型のパーティングラインのような痕跡。
ここは金ヤスリで整形します。

金ヤスリで整形したら毎度恒例の高性能サンドペーパー、アシレックスシリーズで研磨していきます↓
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1がアシレックススカイ細目→レモン→オレンジ→バフレックスグリーン→バフレックスブラックまで研磨した状態。
アルミなので手磨きでもけっこう簡単にここまでツルピカに。
2が電動リューターのバフにコンパウンドをつけて磨いた状態。根元周辺はゴムカバーで隠れるので気合入っておらずイマイチな磨き。
そういえば昨夏の遠出時に起きた事故でクラッチレバーが折れましたが、XLを納車してすぐ交換した社外の新品レバー(少し安い)は鍛造ではなく鋳造だったんすね。
鍛造の純正レバーだったら折れずに曲がっただけで済んだはず。
値段的には数百円の差ですが、性能的にはけっこうな違いがあったようです。
製造法以外にも、細かいとこだと純正レバーの根元のネジ穴には耐摩耗性を考慮して鉄スリーブが入ってるのに対し、社外は何もないただの穴。
これ知ってたら最初から純正買ってたのに〜。
ていうか最初から元のレバーをこうやって磨いとけば買う必要も無かったんすよね…。
というわけでこの磨いたレバーの方がキレイだし鍛造なので常用として交換。
今まで使ってた社外ブレーキレバーと、事故時にgotoさんからいただいたXL250K3純正クラッチレバーが予備となります。

レバー交換も終わり、バッグ仮装着のテスト走行と銘打って、先日のド晴天な日々に解体屋巡りしてきました。
なんで解体屋かというと、一連のバイクいじりでやっぱりXLのヘッドライトは丸く飛び出してる方がビンテージ感あっていいなぁと思っていろいろネット検索したんですが、その前に近所でいいものはないかと探しに行こうと思ったわけであります。
ところがその日は水曜日。ほとんどの解体屋さんが定休日だったので、この日開いてる「ゼロハン」へ行ってみましたが、めぼしいものはありませんでした。
店主さんいわく、最近は丸いヘッドライトはなかなか入ってこないとのこと。スクーターばっかりだそうな。
他にも近隣で水曜日開いている解体屋さんは「キャブ」というショップがありましたが、すっかり忘れてて行かず。
でもこちらはヤフオクにも出していたので今見てみると、やっぱりスクーターネタばっかりでした。
その日は家を出たのが夕方4時頃だったので、夕焼け小焼けで日が暮れたので帰宅。

翌日も晴れたので、昨日行けなかった店舗群へ行くため午前中から出発。
まずは高校生の頃からちょいちょい行ってた「千刈商会(ウェブサイト無いっぽい)」へ。
思えばこのお店を知ったのはロードライダーだかオートバイだか忘れましたがバイク雑誌の記事でした。
インターネットも携帯電話も無かったあの頃でしたが、雑誌読み漁って解体屋巡りしてたなぁ(しみじみ)。
千刈商会はぼくの知る限り過去2回店舗の場所が変わってまして、今は国道246号沿いのドクターSUDA(ファインチューンで有名なショップ)のすぐ近所にあります。
店主の親父さんは現在も元気そうで、バイク部品の山の奥にあるスペースで誰かとおしゃべりしてました。
昨日のゼロハンも昔(20年くらい前)より少し規模(品揃え)が小さくなったように思えましたが、ここ千刈商会もかなりこじんまりとした感じでした。
親父さんに挨拶すると「何かお探し?」と聞かれたので140mmくらいの丸いヘッドライトがないか聞きました。
しかし千刈さんも「最近は丸いのは入ってこないねぇ、スクーターばっかだよ」とものすごいデジャブ感(笑)。
たしかにぼくが高校生だった頃のバイクブームでは、クラスメイトのほとんどの男子(インドア系以外?)はみんな何かしらバイクに乗ってたような時代で、現代のSSのように最先端の素材やテクノロジーがふんだんに使用された高性能な250〜400クラスのマシンが、毎年のように各メーカーでフルモデルチェンジしてたわけなので、解体屋にも事故車や出自のわからない物品も山のように流通してましたが、今の高校生前後の世代でバイクブームなんて起きてない感じだもんな〜。
でもSRや最近のZ系やW系、他にもFTR、TW、グラトラ、その他有象無象の各社空冷4気筒とか、そこら辺でよく見かける丸ライト車は今でも現役世代じゃないのかね?
そういった車種の廃車はどこにいったんだろうか。
でもまぁよくよく考えてみりゃ、ぼくらの世代って第2次ベビーブーマーだから購買層の絶対数も現代とは段違いなんすよね。

わずかにうら寂しさを感じつつ、次の店舗「アップガレージ」へ。
ここは比較的新しいショップ(1999年開業らしい)で、解体屋というより中古パーツのチェーン店といった雰囲気。
本店は先の千刈さんとこからほど近い場所にあり、久々に来たら以前よりでっかいビルになってました。
駐車場もでっかくなっててキッズスペースとか休憩スペースなんかもあって、ここだけ景気良さそう(笑)。
開業当初からちょいちょい行ってましたが、相変わらずパーツの品質や陳列もキレイで品数も豊富。チェーン店の強みでしょうか。
2階がバイクパーツゾーンとなっており、階段を登ってすぐのところに刀とRZが置いてありました↓
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特にRZは後方排気TZR(3MA)のカウルをナックルガード無しで装着(スクリーンとのつなぎ目形状も改造してる)し、TZシートカウルになってるとこがもう凄い好み。よく見たらタンクもTZ用かなんかになってるし(恐らくアルミタンク)。
そしてケニー・ロバーツの黄色いYZRカラーと。誰が作ったのかわかりませんがセンス良いっす。
チャンバーはユーゾークロスかと思ったらK2tec?知らない…(ヤマハ系に付けるチャンバーといえばSP忠男かYUZOしか知らないオッサン。ガンマならスガヤ、NSRならJhaかドッグファイトが定番って感じでした)。
RZのノーマル外装に価値を感じる人には興味持たれないかもしれませんが、改造費用とか手間暇考えたらこれで419,000円って高くはないかも。

そんなわけでいろいろ見回った結果、使えそうなヘッドライトが1個あったんですが、4,000円くらいするので保留。
次はちょっと近場ではなくなりますが、そう遠くはない「湘南ジャンクヤード」へ向かいます。
このショップは20歳代になるまで知らなかったんですが、10年くらい前に行った時はアップガレージ以上のけっこうな品数だった記憶があったので期待してたんですが、今はどうなってるかな?
やはりメジャー道はつまらないので方角だけを頼りに(地図は無し、コンパスも忘れて勘のみ)適当に進むと、以前車で大阪に行った際に偶然通りかかった目久尻川に出ました↓
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あの時は住宅街の一角でカッパの像が設置された橋に出ただけでしたが、こんな牧歌的な雰囲気の区域もあったんすね。
かなりの長さにわたって川岸に菜の花が咲いていて、気温もポカポカ陽気で実に気分良し。
川沿いを散歩してる人はお年寄りばかりで、途中の川岸には菜の花の咲き誇る斜面にのんびり座っているおばあちゃんらしき人も見かけまして笑っちゃいました。
この写真の右上にはトンビらしき鳥も飛んでます↓
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このトンビ、帰りにもここを通った時に、すぐ近くの橋の欄干につがいなのか2羽仲良くとまっていまして、写真を撮ろうと思ってポケットに手を入れたら飛んでっちゃって撮れず。
道はいつしか細くなり、こんな感じに↓
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まぁずっとこんな道が続くわけではありませんが、目久尻川はけっこうな距離を寂れたダートが続いてます(もちろん車両侵入禁止の所は避けてます)。
散歩してる人もチラホラいるので、ホコリが立つような走行はせずに30km/h前後でトコトコ延々と走ってました(笑)。

余談ですが、XLに乗って思ったのは、70年代以前のいわゆる旧車時代は、日本の車両全体のスピードアベレージが現代よりもっと遅かったんじゃなかろうかということです。
現代では免許取り立ての若者だろうが子持ちの主婦だろうが老人だろうが、車やバイクに興味が全く無い人だろうが、誰でもいとも簡単に無理せず100km/hくらいで巡航できてしまう性能の車両が当たり前ですが、60〜70年代の車やバイクの広告や記録を見ていると、箱根の山をオーバーヒートせずに一気にスイスイ越えることが凄いと言われたり、最高速が120km/hでも大いに売り文句になったり、未舗装路もあちこちにたくさんあったわけで、当時の人々は現代と同じく忙しく働いて移動してたにしても、道の状態やマシンの性能的に現代のようなスピードよりもう1ランク遅い感じで動いて全て丸く収まっていたのかなぁと思いました。
飛ばすにしても100km/hで走行するのは、現代での180km/hくらいに相当する感覚だったのかもしれません。
だからなんだという感じですが、なんというか、日本の道路に定められている法定速度も、今となってはなんともトロトロした遅い速度のように感じますが、当時の車両で走ればそれが非常に普通な速度だったのではないかと。
高速道路の制限速度が一部で120km/hになったのも、そういう車両の進化が一つの要因になってるのかなぁと思いました。

目久尻川をひたすら下っていくと視界の右に謎の大きな白い獣の姿がチラッと見えて「なんだ!?」と思って止まって見ると…↓
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雑草処理係のヤギでした↓
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歩いて近づいていくとヤギは草を食べながらこっちを振り向き「メ゛・エ゛・エ゛・エ゛…」みたいな小さな声で細切れになにか言ってました(笑)。
すぐ横の草っぱらでは鳥類たちの日向ぼっこ↓
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飛び立ってしまった小さい鳥はムクドリでしょうか。
カモが陸上で座り込んでるのを見たのは初めてカモ…。
平和を絵に描いて額に入れたような光景でした。

この後目久尻川は相模川に合流するので、国道1号にぶつかるまで相模川を下っていくわけですが、茅ヶ崎市の住宅街のような地域で川沿いから離れることになり、そろそろ国道1号が出てきそうなんだけどどこなのか全く見当つかなくなりまして、タイミングよく現れたコンビニで地図を見ましたが詳細図が無くて、現在地はなんとなくわかったものの国道1号がどっちなのか結局わからず。
そこでチオビタ買うついでにレジの女子高生と思わしき若い子に「国道1号線って方角的にどっちの方ですかね?」と訪ねたら一所懸命考えて答えてくれようとしてましたが全然わからないらしく、後からレジに入ってきたベテランっぽい女性店員さんに聞いてくれて事なきを得ました。
ここでバイトしてるってことは地元の子なんだろうけど、普段車やバイクに乗らずに公共交通機関しか使ってない人にとっては、道ってわかんないもんなんだろうなぁと改めて思いました(それとも引っ越してきたばかりでまだ土地勘が無かっただけだったりして)。
むしろ公共交通機関を滅多に使わないぼくは、電車やバスの路線とかあんまり知らないもんな〜。
しかし今振り返って思いましたが、スマホで道なんてすぐわかるこのご時世に、道聞いてくる人がいるってのが不思議だったかもなぁ、あのかわい子ちゃん…。

国道1号はコンビニから大通りに出てちょっと行った所にあり、そこからすぐ近くが湘南ジャンクヤードでした。なんだめっちゃ近くだったんかい。
久々に訪れたジャンクヤードは面積的には昔とあまり変わらない感じでしたが、やはり中古スクーターが山ほど増えていて、ジャンクパーツ置き場はかなり縮小していました。
もうジャンクパーツは全部アップガレージに流れ込んでいってんのかって感じ。
とはいえ、ハーレーのものと思わしきアメリカン系ハンドルバーとあらゆる車種のリアサスの数はこっちの方が上だったような気がします。
あと、最近の車種の純正マフラーとか、やはりスクーター関連の部品は多かったです。
古めの丸目ヘッドライトも何個かはあったんですが理想的なものはなく、まぁライトはいつか運とタイミングが良い時にでも入手しようと思って何も買わずに退散。
帰り道は目久尻川の行きとは反対側の岸辺を登って、目久尻川と別れてからも行きとは違う道を適当にのんびり走って帰宅。

本日の主題であった仮付したサイドバッグは、リアサスとの干渉部分に若干の白い砂汚れがついたくらいでほとんど問題なしでしたが、上部Dカンの取り付け位置が車体に近すぎるため、バッグがリアサスに押し付けられている状態になり、荷物をたくさん入れようとするとなかなか口が開かずにかなり入れにくかったです。
この辺も特注ステーを作る際の注意事項として考慮する必要があります。
それでもコンビニで購入したけっこうな量の食材は入りました。
もうハンドルにぶら下げる必要もなくなります。
バッグ等を身につけることなくけっこうな量の荷物を積載できるというのは、けっこう楽しいもんだなぁと、今更ながらに気づきました(とはいえ、丸っこいプラ製トップケースは絶対付けたくない)。
車だと当たり前過ぎて気にもしてませんでしたが、バイクだと積載性という要素がすごく新鮮に感じられました(今まではバイクではなるべく荷物を持たないように考えるのが常でした)。
特注ステーが上手くできたら今まで以上に遠出を楽しめそうな気がします。
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★走行データ★
総走行距離:129.9km
燃費:29.3km/l(長いダートを延々低速でトコトコしたり、渋滞道でもほとんどすり抜けしないで長いアイドリングしてたせいかイマイチ)
posted by 文鳥 at 22:34| 東京 ☀| Comment(2) | バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月25日

秋前のメンテナンス

真夏の2000kmオーバー遠出から約2ヶ月経ちました。

帰宅後に事故で紛失・傷ついた部品をセカイモン(e-bay)で注文しましたが、フロントフォーク一式は内部のオイルが駄目だったのか、輸入できずにキャンセルされてしまいました(セカイモンは航空機で輸入するので、可燃性物質が含まれる商品は輸入できないそうです。船便もやってくれりゃいいのに)。
でも以前リアサスは輸入できたことを考えると、カシメ等で密封されている(可燃性物質が外に出る可能性が低い)ものは大丈夫なのかな?

そんなこともあってか、その他の部品が家に届いたのがつい先日。1ヶ月半かかりました。
ちなみに今回購入したのは…
★左クランクケースカバー:23,340円
★オルタネーターカバープレート:4,277円
★ガスケットセット:4,894円
★カムチェーンテンショナーゴムキャップ:2,846円
以上4点。総額:35,357円なり(もちろんこの代金は事故の相手のおじさんからいただいてます)↓
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写真に写っているのはガスケット類以外の部品です。
右下にあるピンと黒い物体は、クランクケースカバーに付いてたクラッチ関連のピンと、ニュートラルスイッチ。
左下の黒くて丸いのがゴムキャップ。

以前からどういう構造なのか気になっていた、クラッチレリーズ(パーツリストではクラッチレバーと表記されていますが、ハンドルのレバーとの混同を避けるためにレリーズと勝手に呼称)の調整機構部分↓
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赤点線の所にクラッチレリーズが入り、青点の所にクラッチリフターロッドを押すピンが入ります。
調整穴の下にある真鍮っぽい色の部品はグリスニップル。
ここからグリスを注入すると、このようなルートでグリスが入っていきます↓
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赤矢印がグリスの通るルート。
レリーズとピン両方にグリスが行き渡るようになっていますが、めちゃ入り組んでて複雑な構造。
よくこんな複雑な形状を鋳造できたな〜(もちろん鋳造後に穴あけ・切削もしてるんだろうけど)。
グリスよりもエンジンオイルに浸した方がクラッチ操作が軽くなりそうな気がしますが、この時代はまだ手探り状態で作ってた車両が多いので、こういった効率の悪い仕組みがいたるところに散見されます。
ある程度走行してからこの調整穴周辺を見ると、ニップルからなのかゴムカバーからなのかわかりにくいんですが、エンジンオイルが滲むレベルで漏れます。
1980年代以降の車種ではこのへんはもっと部品点数の少ないシンプルな機構になっていくので、オイル漏れなんてしないんすけどね〜。
ニップルを除去してメクラ蓋して、ゴムカバーをねじ込み式のアルミキャップ(Oリング付き)なんかに改造したら良さそうな気もします。

ドライブスプロケット周辺の壁面には腐食や鋳巣(鋳物にできる空洞)が見られます↓
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まぁ組んでしまえば見えない部分ではありますが、なんか今使ってるカバーの方が程度いいかも…。
マグネシウム合金はたしかにアルミ合金よりも軽いんですが、水分で腐食して穴開いたりするのが困りもの。
空冷エンジンならまだしも、冷却水がクランクケースカバー内を通る、古い時代の水冷CRだと思いっきり腐食してるのがあるみたいです。
多少重くてもいいからアルミで作ってほしかった…なんて今の時代の目線で言っても、当時のホンダとしてはオフロードレースを視野に入れて少しでも軽く!と作ってたモデルだから、経年劣化なんて考えてるわけないんすよね。
まさか数十年後にビンテージバイクなんてムーブメントが起きて旧車の需要が高まるなんて、当時のエンジニアさん達は夢にも思わなかったことでしょう。

部品の話はここまでにしといて、家の前でカバーかけて放置してる実車はどうなっているかチェックします↓
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全体的には長旅から帰ってきた時とさほど変わりない状態でしたが、シリンダー表面に白いアルミ腐食がガッツリ出てました。
でもこれはブラシ等で磨けば落ちるので、それほど大きなダメージではありません(このまま放置したら良くないだろうけど)。

エキパイはやはり購入時よりサビが進行してます↓
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雨天走行はほとんどしてないレベルなんですが、やっぱりカバーで屋外ってのは湿気までは防げないです。雨ざらしよりはマシだけど。
はぁガレージ欲しい。

マフラー上部にはカバーの縫い目から漏れ出た雨水がシートを伝って落ちていたせいか、局部的に赤錆が発生↓
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エキパイも含めて、ブラストで穴が開くくらい腐食が進行する前に西村コーティングに持ち込んだ方が良さそうです。

左クランクケースカバーの下部は長旅から帰ってきた時と同じ、オイルが滲み漏れしてる状態でした↓
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滴り落ちるほどではないので急を要するレベルではないとは思いますが、ガスケット挟んでもこんなに漏れるってのはどういう精度なんだろか。面研した方がいいのかなぁ。
それともこのオイルはひょっとして、上にあるカムチェーンテンショナー調整ネジのとこから漏れたやつかな?

見た目はこんな感じに少しづつ劣化が進行している状態ですが、中身はどうでしょう。
バイクはエンジンがかからなければただの臭いオブジェになってしまいます。
バッテリーは以前コンデンサーに交換してバッテリーレス仕様にしてあるので長期放置でも問題ありません。
早速キーをオンにして、チョークノブ引いて、スロットルを僅か〜に開け気味にして、圧縮上死点から1ノッチ進めた所からキック。
やはりかからない。
以前、5月頃に2ヶ月放置後に1発で始動したことはありましたが、その時となにが違うんだろうか。気温?湿度?キャブ内ガソリンの状態?
しばらくキックを何回かしていると、以前にもあった圧縮が抜けているような感触が…。
タペットの蓋開けて確認しましたがバルブは正常に動いています。
アイドリングノブを締め込んでやっても始動せず(アイドリングをかなり高めにセットすると始動率アップする場合があります)。
以前この症状が出た時は、バルブとポートの隙間にゴミが噛んで圧縮が抜けていたのではなかろうかと予想してたんですが、長期放置した後に発生するってのはどういうメカニズムなんだろうか。
もしかしてエンジン切った後に圧縮上死点で放置してたので、バルブ接触面のカーボンが圧力で接着した状態になって、放置後のキックでカーボンが剥がれやすくなってたとか?
ぼくとしては給排気バルブを閉じた状態なら長期放置でも湿気がシリンダー内に入らないからいいかなと思ってたんですが、考えてみれば多気筒エンジンだと全バルブ閉じるなんてできないわけで、この保管方法はさほど意味ないかな。

いくら予想してても埒が明かないのでプラグを取り外して見てみると、意外にもカラッカラに乾いた状態(以前はカブってました)。
火花はちゃんと飛びます。
「これひょっとしてガソリン来てないとか?」と思い、キャブを外してみると↓
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本来ガソリンで濡れてるはずのシリンダー側もカラッカラ。
圧縮が抜けてるからガソリンを吸ってないのか、キャブ内で詰まっているのかわからないので、とりあえずジェット類の導通を確認すべく、キャブをバラしてメインジェットとスロージェットの穴をエアブラシで吹いてみましたが、詰まってませんでした(エア1発で軽い詰まりが取れた可能性もあり)。
ちなみにフロート下部にあるドレンボルトらしきネジを緩めると、隣のドレンからガソリンが出てくるのかと思いきや、ネジ穴からしか出てこないという、時代を感じるメンテナンス性の悪さを感じます↓
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隣のドレンは横倒しになった時等のオーバーフローで出てきます。

キャブを組み付ける際に、フロートチャンバーガスケットをマトモな新品に交換↓
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というのも、以前キャブをバラしたらガスケットのOリングがかなりデカいサイズの物が入ってて、どう頑張ってもOリングが余ってはみ出てしまうので、仕方なく切断してちょうどいい長さにしてたわけです(1がこれまでの状態。2が新品Oリングを入れた状態)。
しかしそれまでどうやってオーバーサイズのOリングを切らずにキレイに収めてたのかが謎。これ組んだ人は相当器用な人だったのか?

キャブを組み込んで、ガソリンコックをオンにして、いつもどおりの手順でキック。
するとなにやら始動しそうな気配が(混合気がシリンダーに入って点火しかけた感)。
その後数回のキックで無事始動。
アイドリングを調整した後も安定して始動。
灯火類も問題なし。
ちなみに始動後は何度キックしても圧縮抜け感は無くなってました。謎〜。
最後にオイルをチェックすると、ゲージの下端ギリギリまで減っていたので500mlほど継ぎ足してXLのメンテ終了。
結局始動不良(圧縮抜け感)の原因は不明のままですが、何にせよ長期放置はあまり良くないすね。たまに乗らないと。

長期放置といえばバハも約10ヶ月放置になってしまったので、この際だからと始動チェックしてみることにしました↓
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カバーを取るとやはり過去の耐サビ改造が功を奏して腐食はほとんど発生しておらず(耐サビ加工してないところは進行してる)。
久々にまたがってみると、XLより重心が高いにも関わらず、車体が異様に軽く感じます。
クラッチも超絶軽い!あ〜XLもこのくらい軽ければなぁ〜。
まぁかかるわけないかとキックを数回。
するとこちらも圧縮抜けのような軽さが…かなり久々だったので「元々こんなんだっけ?」と一瞬思いましたが、圧縮上死点でのデコンプレバーも異様に軽い。もう意味不明。
プラグを見てみましたがカブってはいないものの、しっとりと湿っていてガソリンが来てる状態であることがわかります。
その後何回かキックしているといきなり点火しそうな気配があったかと思ったら無事始動!
キック回数はそれほど多くないのに意外とあっさり始動していとうれし。

バハも以前始動困難になるトラブルが何回かありましたが、その原因はどうやらメインキースイッチボックスの接触不良だったらしく、そこを対処すると安定して始動できるようになりました。
バハも長期放置せずに、たまに乗ってれば快調な始動性を維持できそうです。

ところが灯火類をチェックするとやはり左前ウインカーが無反応(リアはハイフラ状態)。
「やはり」というのは最後に乗った時(XLの実車確認で郡山行った時)すでに左前ウインカーがどうしても点灯しなかったので、リレーがぶっ壊れてんのかなと思いつつ、交換する時間もなかったのでそのままにしていたのです。
右ウインカーも長期放置の後は、数十秒〜数分つけているとやがて点滅し始めるという感じだったので、完全にリレーを疑っていたんですが、いろいろ調べてみると、どうも左前ウインカー本体に問題があるらしく、内部のサビをゴシゴシ取ってみたりしているうちに薄っすら点滅するようになり、さらに磨いていくとまた点灯すらしなくなり、やがてプラス配線の根本が簡単にポッキリ折れてしまいました…不良の原因はここだったようです。
おそらくソケットに圧着されていたこの配線の金具部分が、すでに折れる寸前で、他のサビ箇所も相まって導電性が著しく低下していたのではないかと推測。
これは予備で持っている同型ウインカーを使って修理すべし。
というところで日が暮れて終了。
ウインカー直ったら久々にバハも乗ろうかな。
posted by 文鳥 at 18:27| 東京 ☀| Comment(10) | バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする